第5話
ジンノ飯店の現店主で料理長は姉妹の祖父で、傲らず老年に入っても第一線で一日中鍋を振るい、自分にも他人にも厳しい暴食通りの鉄人ともてはやされていた。
そんな彼も80代にさしかかろうという頃になり、自身が自身に求める技能水準を満たせなくなり引退を決意する。
しかし、彼の息子は経営の才能はあるものの、料理のそれはてんでダメなため、後継者問題が浮上することになった。
順当に副料理長を昇格させるだろう、と誰しも思っていた中、店の取締役会で店主は店の者の中で、2週間の間にお客による人気投票で決める料理対決を行ない、それに勝った者を後継者とすると言い出した。
しかもメディアも入れてかなり大々的に行なう事で、腕と舌は確かな事を証明し、やや人気が陰りつつあるジンノ飯店の宣伝も兼ねる、という策であると店主に丸め込まれ、店の財布を握っている息子すら反対は出来なかった。
即決即断が信条の店主は、早速アルバイトも含めた全従業員60名へ、料理長候補とするには誰が良いかと訊ねた所、4人の候補に多数の人気が集まった。
副料理長の壮年男が最多で、次点が麺類担当長の中年女。3位がバイトリーダーの若い女で、最後に大学の調理師学科を卒業後、厨房係の見習いとして入ったばかりのカノコが挙げられた。
その大抜擢の理由は、カノコとミコは幼い頃より良く店に出入りしていて、厨房の片隅で余った食材を使い、見よう見まねとはいえ見た目も味も本格的な中華料理を作り、それを食べたことがある古株の厨房係達が推薦したからであった。
勝負のテーマは、店主の母がよく作ってくれていた、ジンノ飯店の原点でもある炒飯ということが決まり、2人一組の各チームによる決戦の火蓋が切って落とされた。
「――っていう訳なんだけど……」
「そうなんだ……」
カノコはショートカットの頭をぐしゃりと撫で、ため息交じりにそう言い終え、それを聞いたミコは申し訳なさそうに地面を見ながら言う。
「孫ってんなら鳴り物入りって所じゃねえの。なんでそんなシケた顔してんだよ」
ずっと息を吹きかけて冷ましていた、白っぽい色のお茶を啜ったアイーダは、えらく自信なさげなカノコを見て小さく首を傾げて訊く。
「実際に作っていたのは私なんですけどね……」
「妹さんではなく、か?」
「そのときはカノコ姉さんの方が背が高かったんだよね」
「なるほど……」
「でも、味を付けていたのは全部ミコなんです」
「えっ、粉チーズをヤーッ、と中身まるごとぶっかけそうなこの方がですか?」
「言い方」
「人は見かけによらない、な」
「カガミさんが言うと説得力がありますね」
「それはどういう意味だろうか……?」
「粉チーズ……? ――まあ、ミコは祖父をして〝神の舌〟を持っているそうなので。私はミコの評価をネコババしてる様なものなんです……」
「そんなこと無いよ! 私じゃ姉さんが作ったみたいに、美味しそうな見た目に出来ないんだよ!」
円形のテーブルの正反対から、ナビとカガミがにらみ合っているのを後目に、ミコはすっくと立ち上がるとその両肩を加減して掴み、背中を丸めているカノコの自嘲を真っ向から否定する。
「2人で一人前ってとこか。昔みてえにコンビ組んでやりゃ優勝待ったなしじゃねえの」
「まあそうもいかなさそうですけどね」
「彼女が格闘家になる夢を諦める事になるから、な……」
「え、別にもう良いよ? そもそも1回でも負けたら実家に戻る、っていう約束で家を出たし」
「えっ?」
せっかくの才能がもったいない、という論調で話していた2人と1体や、カノコも一斉に目を丸くして、後悔していなさそうにカラリと笑うミコの方を見た。
「わ、私聞いてないよっ?」
「……あっ、姉さんには言ってなかったかも」
「お前そこら辺が雑なのなんとかしろ。姉貴さんにも迷惑かけてんじゃねえか」
迷惑って何したの? とカノコが訊ねると、ごにょごにょ、とミコは言葉を濁し、すかさずナビが先ほどあった事を事細かに説明した。
「すいません、うちの妹が……」
「別にアタシはクソビビっただけだし気にすんな」
妹の倍ぐらいの勢いで頭を何回も下げるので、首痛めたら洒落にならねえから、と言ってアイーダはやめさせた。
「私は跳ね飛ばしただけで勝負した覚えはないが……。いいのか?」
「生きているうちは常に勝負している様なものですからね。見苦しく言い訳はしません」
「なんでそこだけ厳格なんだよ」
「おじいさまを見習ってくださーい! そんなんじゃお姉さんと組んでも勝てませんよ! 脇が甘いとなんかこうとんでもない目に遭う事だって考えられますし!」
「はい……。本当に気をつけます……」
ナビに正論でブチギレ散らかされたミコは、すっかり涙目になって、滑らかに土下座の体勢をとってアイーダへ謝った。
もう良いから、とアイーダから言われても、罰を受けなければ示しが付かない、と言い出し、何をしたら釣り合うのか、とミコは顔だけを上げて訊く。
「じゃあ、何か作って食わせてくれよ。昼飯食ってねえ姉さんののオマケでいいからよ」
「なんで分かったんですかっ?」
「やっぱり超能力でも……?」
「ちげえよ。単純に血色が全然良くねえし、腹の虫の鳴き声もちょっと聞こえたからな」
「そうなの? 姉さん」
カノコはハッと自身の腹部を見ながら右手を当て、気恥ずかしそうに頷いた。
「何使って良いか教えて貰って良い?」
「見ないと分からないから私も行く」
小走りで玄関に入ろうとしたカノコは、ホスト側がいなくなる事を気にして、いったん止まってアイーダ達を見やるが、行ってやれ、と手を振られると会釈して入っていった。
しばらくして、ミコが焼豚入りの炒飯を作って持ってきたが、
「こりゃハゲ山かなんかか?」
「なんかこう、山体崩壊してません?」
ドバッと入ったネギが焦げる寸前まで炒められ、色の濃い醤油も使ったためなんか薄汚い色かつ、盛り付けが雑なせいで右側が大きくえぐられたようになっていた。
「……! 落石注意……!」
「無理に山にかけたのひねり出さなくてもいいぞ」
ついでに焼豚のカットがデカすぎるせいで、皿にボトボト転げ落ちているなど、切り方も含めた雑さが溢れる一品となっていた。ただし、腕力のおかげでパラパラではあった。
「おっしゃるとおり本当に見た目が雲泥なのです……」
「美味しかったら胃に入れば一緒かなと……」
そんなワイルド炒飯を2人と1体から散々に言われ、てへ、とミコは舌を出して苦笑いする。
「つってまあ、こういうのも味ってやつだろ」
「! 問題も味、だからな……!」
「あ、そういうの要らないです」
「……」
アイーダは一応フォローを入れ、カガミも上手いこと言おうとしたが、ナビから冷たく指摘されてそれ以外の全員からスルーされた。
「見た目こんなんなのにすげえ美味いんだけど」
小皿に取り分けたお裾分けを一口食べたアイーダは、頭上に〝!?〟が見えるぐらい目を大きく見開いて、つい1時間前に昼食を摂ったにも関わらず一気に全部食べてしまった。
「ずっと不思議なんですよね。誰に教えられた訳でもないのに」
ミコに代わって着席したカノコは、炒飯をレンゲで掬って口に入れ、咀嚼して飲み込むと、ほわり、と懐かしそうに表情を緩めてそう言って食べ進めていく。
ちなみに、またまたー、からの、本当だ、というコッテコテの件をナビとカガミがサイレントでやっていたが、アイーダが一切見もしなかったので、スン、と2人はやめた。




