第4話
この後、ナビの予測は外れたものの、それを上回る大盛り10杯おかわりされ、言い出したからには文句を言うわけにも行かず、マスターはやや引きつった笑みを浮かべる事となる。
用意していた米を全て平らげられ、慌ててまた炊く羽目になったマスター・キーを後にして、ミコは足早に通りの正門へと駆けていく。
「あれ、アイーダさんも向かわれるんですか?」
「おう。どうせ行く予定だったしな」
マラソン選手ばりの速度で、遠くなるミコの背中を見送るアイーダは、そう言って公園前乗り場へタクシーを手配した。
「では私もお供しよう」
「お仕事してて良いんですよ? 食べ歩きデートはナビちゃんにお任せなのです」
「ふ。そう言うと思ってもう終わらせてある。心配ご無用、だ」
「なんかムカッと来る言い方ですねぇ……」
「そうだろうか。そんなつもりは無いのだが?」
「ぬわーっ、レスバまでこなしてるのですーっ」
「人は進歩するから、な」
「レスバが上手い、というのは悪口ですよ。引っかかりましたねぇ!」
「ぐむ……」
「お前ら本当息ぴったりだな」
「じゃないです!」
「断じて違う!」
「ほらな」
ナビとカガミがお互いをチクチクやっている内に、トールワゴンタイプの黒いタクシーが到着し、酩酊通り正門から出て飲食店街・暴食通りにあるジンノ飯店前へと向かった。
時代考証がまるでされていないが、ド派手な朱い柱と左右に広がる緑の瓦屋根に漆喰壁と、店の外観はいかにも中華料理店っぽいそれだった。
暴食通りは酩酊通りから東側に20ブロックほど行ったところにある、観光客向けの飲食店街である。
通りの外周をぐるっと囲む塀はかまぼこ状の屋根で覆われているので、町並みはよそと大差ないが、裏路地も含めて雑巾くささはかなり軽減されている。
「あれ? さっきの」
「ちょっと気になってな。――で、なんでタクシーと同時に着くんだよ。脚力とかどうなってんだ」
「野山を毎日20キロぐらい走ってたから。別に大したこと無いと思うけど……」
ありがとさん、と運転手を見送ったところで、息すら乱れていないミコが不思議そうに話しかけてきて、アイーダはちょっと引いていた。
「多分、大昔の修験者でもめったにやらないと思うのですが」
「レンジャー行軍訓練は――そのくらいをっ、やるかやらないかだろうなっ」
「なるほど」
一応、あまりおおっぴらに出来ない本職を言いかけ、察したアイーダから肘で突かれたカガミは、大分上ずった言い方で慌ててごまかした。
「そんなんでバレたら困るときどうすんだ? まあ、アイツは引っかかってねえみたいだから良いけど」
「精進する……」
「やっぱりあなたゴリゴリの脳筋じゃないですか。口では違うって言いますけど」
「……」
電脳通信でアイーダからジト目での指摘にしゅんとするカガミは、ナビから追撃を受けてぐうの音も出ない様子でしょんぼりと背中を丸めた。
「――これまずいですかね」
「――どう見てもな」
ちょっと意地悪のつもりでナビは言ったが、思いのほかダメージを入れてしまい、こうなると面倒だぞ、と、カガミへ向けていた目と同じそれをナビに向ける。
「すいません……。そんな気にしているとは……」
「良いんだ……。私の役目はどうせ砲弾だからな……」
流石にナビは素直に謝ったが、カガミは乾いた笑みで自嘲し、自滅ダメージを入れてしゃがみ込んでしまった。
「……えっと、ウチ何か良くない事しちゃった?」
「安心しろ。お前は関係ねえよ」
唐突にパンクして空気が抜けたみたいに落ち込んだカガミを見て、目が泳いでいるミコは目を見開いてアイーダに小声で訊ねると、彼女は払うように手を振って安心させた。
どう言ったものか、とアイーダは腕組みをして数秒考え、
「つってお前、砲弾だろうとなんだろうと、結果アタシが無事なら構わねえだろ?」
「……。それもそうだ、な。うむ……!」
秒でメンタルが復活して、気持ち明るくなっている顔を上げたカガミは、中身が鋼で出来た両拳をくっと握りしめて頷いた。
「……この人、アイーダさんへの献身性が高すぎて怖いんですけど私」
「お前だって大差ねえぞ」
「? 運命に導かれて出会った愛しい人に、1ビットすら余さず捧げたいと常々思うのがです?」
「そうだよ」
一転、上機嫌にまでなっているカガミを見て、ナビは目を何度か開け閉めして、他人事のように電脳通信でアイーダへ言うと、お前らいつもどうもな、と彼女はまんざらでもなさそうな微笑みで口に出して言った。
「音声記録に残して何度も聞きたかったな」
「こんなこともあろうかと、バッチリアーカイブしました」
「そうか。言い値で買おう」
「ふふひ、お安くしときますよ」
「うむ……!」
「本人の目の前で闇取引は斬新すぎるだろ」
「だめです?」
「ダメとは言わねえけど」
悔しそうに歯がみしたカガミへ、ナビがにんまりと人の悪そうな笑みを浮かべて言うと、カガミもその顔を真似てアイーダに苦笑いでつっこまれた。
「……そろそろ行って良い?」
「おう、すまんすまん」
いつも通りのコントじみたやりとりが止まるのを見計らって、ミコは控えめに手を挙げて確認を取った。
2人と1体を案内して、店の奥にある細道に面した、住宅部分の出入り口へとミコが回ると、
「えっ、ミコ? なんかレスラーみたいになってる……」
門の脇にある出入り口のドアから、ちょうど調理服姿な浮かない顔のカノコが出てきて、しばらくぶりに顔を出した、筋肉の厚みが増した妹を目にしてのけぞって驚く。
「さては年単位で帰ってねえなお前」
「うん……」
妹の化けっぷりでアイーダ達に気付いていなかったカノコは、その方々は? と、視線を落として申し訳なさそうにしているミコへ訊く。
「その方々はと訊かれたらっ!」
「サカイダ・メイ。酩酊通り(ドランクストリート)で探偵やってる者だ。このちんちくりんは助手のナビで、うしろのでけえのは用心棒のカガミだ」
「ずこーっ!」
アイーダでも探偵さんでも何とでも呼んでくれ、と、ラブリーチャーミーな敵役みたいなナビのポーズと口上を無視してさらっと紹介した。
「ええー、やりましょうよー」
カガミは無言で小さく頭を下げて挨拶するが、ナビは横倒しでずっこけた体勢のまま、口を尖らせてぶつくさ文句を言って抗議する。
「普段やってねえだろ。つかアタシそもそも元ネタ知らねえから」
アイーダは冷ややかに取り合わなかったが、服が汚れてるじゃねえか立て、とナビに手を伸ばして助け起こし、服に付いたうっすら茶色く見える砂埃を払い落とした。
「ママみなのです!」
「誰がママだ」
「アイーダさんは私の第3の母……?」
「お前は何を言ってんだ」
隙あらばコントじみたやりとりを始める2人と1体に、ミコは姉と共にあっけにとられていたが、あっそうだ、と本題を思い出し、姉に何があったのかを訊いた。
「えっと……」
「誰にも言わねえよ。仕事柄、口は堅い方でな」
「例え爪を剥がされても吐かないと保証しますよ」
「その通りだけど、そうなる前に助けてくれよお前ら」
ナビとカガミから当然である、という答えが2人から同時に返ってきた。
「すまん。気にせず話してくれ。いちいち待ってたら話が進まねえからな」
遠慮して黙っているカノコをアイーダはちらっと見遣り、小さく頭を下げて彼女へそう促す。
「あっはい。……まあ、おじいちゃんの思いつきというか、注目を集めようっていう策だと思うんだけど――」
カノコはとりあえず3人と1体を3メートル程ある、家の外壁と同じ白に塗装された、コンクリート塀に囲まれた敷地内に迎え入れ、誰もいないか確認してから通用口を閉めた。
入ってすぐの駐車場奥にある、大きめに張り出した庇の下に置かれた、陶製のガーデンテーブルの席へ3人と1体を座らせて、お茶を用意すると、自身は立ったままミコへの現状説明を開始する。




