第3話
ややあって。
公園の近辺にあるレトロな喫茶店〝マスター・キー〟にて、アイーダはどこで自身の話をものすごく雑に仕入れたのかについて、入店の際にも一悶着起こしたミコへ訊いた。
一番奥のボックス席に座っている3人と1体だが、万が一、ミコが暴れたら抑えられるのがカガミだけである、ということで、アイーダの隣はいつも通り揉める事もなくナビが座っていた。
「市街の西にある山中にて、山ごもりしていた際に下宿させて頂いた、とある茶農家のご老人宅にて耳にした、そのご友人との談笑の内容、ですな」
「……その農家の爺さん、人を何人も殺した事があるみたいな感じだったか?」
「こう言うと失礼に当たるかもしれませぬが、いかにもその通り、といったご様子でしたな。確か名を――」
「――ダイトウ・イワオ、で合ってるな?」
「超能力をお持ちで?」
「いいや。知り合いってだけだ。多分それ大昔の映画とかの話だったんじゃねえのか?」
「……言われてみれば、監督がどうのとは……」
「で、それがアイーダ某ってやつだったんだろ」
「該当する映画ありますね」
「……」
こちらです、とナビは、見ることが出来ないミコのため、目に内臓されているホログラム投影機でテーブル中央付近にウィンドウを表示した。
そこに表示されている予告編をまじまじと見つめ、時間経過と共に顔を耳まで赤くしていく。
「まあ、勘違いとか誰にでもあるからな。さっさと忘れちまいな」
「――拙は恥ずかしくて生きてはいられませぬッ!」
「やめろバカヤロウ! なんで包丁なんか持ってんだッ!」
たすき掛けで背負っていた、本革で作った肩掛けバッグから、中華包丁をさらしでぐるぐる巻きにしたものを取り出し、ミコはそれを解いて割腹しようとしたのでカガミに取り上げられた。
「お返し下されっ! 拙は生き恥をさらす事すらおこがましい愚物ッ! この腹かっさばいてお詫びいたすほかありませぬッ!」
「ええい! いつの時代に生きてんだお前はッ!」
「あーもう。若気の至りでウチを事故物件にするのやめてくれよー」
ヒンッ、と号泣してアイーダの足下で土下座するミコがやかましく叫ぶので、様子を見に来たマスターが呆れた様子で忠告する。
「これなら夫婦喧嘩の仲裁でもしてる方が有意義だぜ……」
そんな情緒不安定な武人の奇行に、アイーダは心底嫌そうな顔でナビへ言い、お察しするのです、と彼女は相づちを打った。
「あれ。やっぱりジンノんちのミコちゃんじゃないか。いつの間に帰ってきてたんだ?」
やっと落ち着いて席に戻り、シクシク静かに泣くミコの顔をハッとした様子で覗き込み、数秒小さく首を傾げたマスターは柏手を打って彼女へ問いかける。
「あっ、マスタおじちゃん!?」
「そうそう。ああ、間違いない。しゃべり方が変だからなかなか気付けなかったよ」
「うっ……」
キョトンとした様子のミコから出てきた言葉には、先ほどまでの武人風の言い回しやら、威厳を出そうとする声の張りが皆無で、真っ正面から指摘されて恥ずかしくなり、ミコはその厚みがある身体を丸めた。
「こいつと面識あんのかマスター」
「正確にはこの子の父ちゃんとだ。ほら、暴食通りに、ジンノ飯店って中華料理屋あるだろう? そこの跡取り姉妹の妹の方だよ」
「は? こんな頭のネジが飛ぶどころか付いてないのがか? そこすげえ有名な店だろ」
「なんと! この厨二病こじらせバトルジャンキーがですか?」
「ううう……」
アイーダとナビから容赦なく辛辣な言葉を浴びせられ、ミコは恥ゲージが限界を突破してテーブルに突っ伏した。
「それ以上苦しめないであげて欲しい……」
カガミは自身の過去を思い出し、ちょっと分かりにくいが苦い笑みを浮かべて庇う。
「なんで急に――って、ああ、そうか。お姉ちゃんの応援にか」
「カノコ姉さん? えっ、なんの?」
「あれ、ジンノ飯店の後継者を決める大会が、っていう話聞いてない?」
「うん。ここ3ヶ月ぐらい音信不通にしてたから。そんなことやってたんだ」
「そっか。じゃあ今すぐ行ってあげた方がいいね。今かなり厳しい戦況だって話だから」
「あの姉さんがっ!?」
初耳、ぐらいの関心度で返事をしていたミコは、自分の失態に気がついたときの3倍は驚いた声をあげ、すぐさま駆け出そうとしたところで豪快に腹の虫が鳴いた。
「まあその前に腹ごしらえしていきなさい。お金無いんだろう? おじちゃんの奢りにしてあげるから好きなだけ食べなさい」
「あ、うん……」
3日ぐらい手製の兵糧丸しか食べていなかった事を思い出し、ミコは引き返して元の席に戻った。
「おいおい。アタシにはツケにするくせに甘くねえかー?」
「絶賛モラトリアム期なこの子と違って、お前さんは責任ある大人だからな」
わざとらしく、ややがらっぱちな物言いでカウンターへ歩いて行くマスターに絡むアイーダへ、彼は立ち止まって上半身だけ振り返って指さしつつ、鼻で笑いながらそう言った。
「これでコイツ成人してねえのかよ」
「確かにまだ17歳ですね」
「――今、住民管理局にアクセスしなかった、か?」
「ナビちゃん難しいことわかんなーい。なのでーす」
「白々しい……」
と、ナビがすかさず裏を取り、そのソースについてカガミからジト目で突かれている内に、マスターはカウンターの奥にある厨房からカレーライスをよそって持ってきた。
頂きます、と言って力強く柏手を打ったミコは、ご飯とルーを混ぜて一心不乱に食べ始めた。
「……マスター、アタシにもくれ」
「あいよ。金払えよ?」
「へいへい」
「あれ、お鍋の気分では? ――ナビちゃんはアンドロイド用クッキーで」
「気が変わったんだよ」
「では、私もアイーダさんと同じ物を」
「はいよ」
「あれ、クッキーじゃなくて良いんですか?」
「せっかく食事ができるのなら、嗜好を重視するのも悪くないから、な」
「へー」
あの合理主義の極みみたいな人でも変われるんですね、とあんまり関心がなさそうに言うナビの隣で、アイーダは気持ち楽しげに厨房を見ているカガミに目を細める。
「おまちどおさま」
「きたきた。そんじゃいただきます、と」
「ああ。いただきます」
「ますなのです」
アイーダがご飯をルーの方へ押して、カガミは境目でご飯を混ぜて、ナビは小皿に乗せられてきたベージュのブロッククッキーをリスみたいにサクサクと食べていく。
「おじちゃん、おかわり貰って良い?」
その横で、割と大盛りに盛られていたカレーを平らげ、ミコは少し申し訳なさそうに言う。
「気にするんじゃないよ。ガンガン食べなさい」
「うん、ありがとう」
マスターは二つ返事でそう言ってサムズアップしてから、もう一度カレーライスをよそいに行った。
「アイーダさんアイーダさん」
「ん?」
「そこまで当てになる数字ではないんですが、多分食べるペースと背格好、筋肉量から推測した消費されるエネルギーから考えると、彼女、8杯は平らげると思います」
不審な挙動をしないかと、様子を逐一観察していたナビは、快く世話を焼いているマスターに聞こえないよう、電脳通信のアバターを苦笑いさせてアイーダへ言う。
「マジかよ。大赤字じゃねえの今日」
「まあ廃棄量と差し引きで多少はカバーされますから」
「お前の予測が外れるといいけどな」
格好つけた微笑みで、親戚のおじさんムーブをするマスターを現実の視界で横目に見つつ、アイーダは哀れそうにアバターの顔をしかめて合掌させる。
この後、ナビの予測は外れたものの、それを上回る10杯おかわりされ、言い出したからには文句を言うわけにも行かず、マスターはやや引きつった笑みを浮かべる事となる。




