第2話
「えーっ、カガミさん待ちするんですかぁ?」
「たりめーだろ。仲間はずれにしたらアイツしょんぼりするじゃねーか」
「はーい。人の身ざるナビちゃんでも、性能がアルティメットなので、もうだめそうなジャンボタヌキを見て痛む心はありますからね」
「あともうちょっとだけ痛めろ」
「パラパラになっちゃうのです?」
「そっちの炒めるじゃねェ」
その口になって、どうしてもあの鍋が食べたくなったアイーダは、定時で帰れそうだ、と連絡してきたカガミを誘い、3倍の速度で帰る、と快諾した彼女を待っていた。
場所は通りの中央公園で、歩道を挟んで噴水と向かい合うベンチに、いつものどこぞの通りの名探偵みたいな姿のアイーダはナビと共に座っていた。
ナビはせっかくのお出かけですし、といつものライダースーツっぽい服装ではなく、ワンピースに見える、白色のオーバーサイズパーカーを着ていた。
その下は厚手の白いタイツとホットパンツに、スカイブルーのハイカットスニーカーを履いていた。
「おおっ! ついに見つけ申したぞっ! 拙の名は我流拳のジンノ・ミコ! 是非とも手合わせ願いたいっ!」
「うわうっさ」
すると、次々とその辺に転がるへべれけの酔いを覚ましつつ、袖を引きちぎった道着を着た、ジンノ・ミコと名乗る、日焼けしたアジア系の女が大声と共に現れた。
身長はあまり高くないものの、適当に切った髪を肩までの一つ結びにしたミコは、全身の筋肉がしなやかかつ剛健に鍛えられていて、達人から見れば何一つ無駄が無いと感じる肉体をしていた。
「運が良かったですね。お仕事のようですっ」
「良かねえよっ。見ろよあの明らかに面倒くさそうなヤツ……。絶対アタシを文武両道なバリツやらの達人と勘違いしてるぞ……」
両手で小さくガッツポーズするナビへ、キーン、とした右耳を押さえつつ、アイーダは死ぬほど面倒くさそうに顔をしかめ、好敵手に出会った胸の高鳴りを感じさせる笑みを浮かべているミコを目線で指しながらナビに電脳通信で言う。
「あー……。一応言っとくけどな、アタシ武術の腕はマジでカスだぞ」
「ふむ。やはり致命的な隙しかないようにお見受けしますな。何と見事な殺気の消し方かっ」
嫌な予感がしつつ、おずおずと手を挙げて自己申告したが、顎に手を当てるミコはさらに口角を上げたしたり顔で言う。
「やっぱこの手合いかよ……。しかも人の話聞かねえタイプ……」
案の定、強者故に強く見えないと勘違いしていて、一般スクールガールに負ける始末なアイーダはガックリとうなだれた。
「おい嬢ちゃん、本当にやめとけって!」
「マジで一撃で死んじまうぞ」
「そいつの実力を見誤ってんぞ!」
「命を大事にしてあげてーっ」
「せめて寸止めで許してやってちょうだい!」
その辺の酔っ払いの男女が、世話になった恩人の危機に、泡を食ってミコを説得しにかかるが、
「心配ご無用っ! 散る事を恐れては武の道を極める事など不可能故っ」
それが無謀な挑戦者たる自分に向けられたものだ、と勘違いして、ピシッと小さく手を挙げてさらにボルテージを高めてしまった。
言っても聞かない、と思った酔客の男達は、数で抑えようとミコへにじり寄る。
だが、ミコは気にも止めずに準備運動とばかりに正拳突きの型を見せ、バットで風を切る様な音を周囲に響かせた。
「すまんアイーダさん。俺たちはここまでだ」
「諦めんな助けてくれっ!」
「担架持ってきてくれ。AEDも要るかもだ」
「心停止を想定すんな!」
いくら恩人とはいえ、その人間離れししたミコの打撃の巻き添えを食らいたくない酔客達は後ずさりし、申し訳なさそうに90度頭を下げると、アイーダを病院に直送する準備を整えていく。
「ナビっ、なんとかしてくれっ。あれ全身義肢かなんかだろ?」
「あー、その、電脳化すらしてません。彼女……」
「じゃあなんだ、あの腕とか脚とかの防具以外は自前と?」
「そうなりますね。――あっナビちゃん盾にはなりますよ? おそらく2秒が限界ですが」
全てがボルテージアップに繋がり、頼りの相棒も専門外な女に、アイーダは泣きそうな顔になっていた。
「ではいざじ――」
「待たせただろうかアイーダさんっ」
「――グワーッ!」
だが、アイーダの元へまっしぐらにやってきた、大柄な全身義肢の女・カガミに弾き飛ばされ、ミコは真横にぶっ飛んで頭から噴水に落下した。
「誰かいたのか……」
「前見て走って下さいよ」
黒い素体にグレーのMAー1を着ているカガミは、派手な水音がしている噴水を見やり、素で驚いて目を丸くしていた。
「お前はいつも良いところに来るなあっ!」
「――!?」
アイーダしか見ていなかったので、何も状況を分かっていないカガミは、彼女にいきなり抱きつかれつつ頭をワシャワシャされ、
「ナイスタイミングだぜ!」
「でけえねーちゃんありがとうな!」
「これで恩人を失わずに済んだっ」
「少ないけどこれでなんか良い物食ってくれ」
その上、周囲の人々からの拍手喝采を受け、宇宙の真理を悟った様な顔で彼女は固まっていた。
「ぬわーっ! あなたは人命救助をしなさーい!」
「はっ。こんなことをしている場合ではないっ」
ほっぺぷくぷくなナビによって、アイーダを引っぺがされたカガミは正気に戻った。
「預かってほしい」
「おっ、お前こんなとこ――ああ、アーマーみたいになってんのか」
「ソレ用途の素体じゃないですからね」
「?」
「いや、こっちの話だ。早く助けてやれ」
「ああ」
すぐさま、上着とその下に着ていた蛍光イエローのティーシャツをアイーダへ預け、パニックでバシャバシャと溺れかけているミコを助けに、カガミは噴水の中へと入っていった。
「……とりあえず、あなたに悪意はないようだ、な」
「かたじけない……」
ミコを羽交い締めの要領で救出しつつ、その証拠となる防犯カメラ映像を視界に映る半透明のウィンドウで確認して、カガミは安堵のため息を吐く。
「謝罪なら、アイーダさんにするべきだ」
「おいコラ。カガミが来なけりゃお前、今頃トーシロをぶちのめした暴行犯だぞ」
「なぬ? 貴殿は噂に聞く未知の暗殺武術を操る達人の始末屋、と伺ったのだが……」
「1つも合ってねえ! アタシらの情報がごちゃ混ぜに、っていう話ですらねえじゃねえか!」
「つまり、貴殿の一般人以下の貧弱な覇気は、気を悟られぬための鍛錬によって得たものでは無いと……?」
噴水から出てきたミコは、目を丸くして口をポカーンと開けつつ、アイーダを指さして結構な失礼を口にした。
「ちょっとー! アイーダさんになんてことを言うんですかーっ!」
「見立て通りのクソザコなんだから仕方ねえだろ」
「だとしてもですね、見ず知らずの不審者に言われると腹が立つんですよーッ」
「まあまあ」
警戒心マックスの態度で、ミコとアイーダの間に立ち塞がっているナビが食ってかかり、アイーダに頭をポンポンされてなだめられていた。
とりあえず、そのままでは風邪を引くので、そこら辺にあるコインシャワーで濡れた身体を温め、アイーダが近くの商店で適当に揃えたジャージにミコは着替えた。
「申し開きのしようもござりませぬ……」
「分かったんなら良いから、店の前で土下座するな」
「いえっ! 堅気の者に武術を用いるなど外道致すことっ! 恥をさら――」
「営業妨害だっつってんだよ! あと、アタシがなんか土下座強要系クレーマーみてえじゃねえか!」




