(8)
セレスティアが蹴り飛ばされる、ほんの数分前。
突如始まった組手の様子を、ロゼとライコウ、そして後から合流したカナリアは森の影から食い入るようにしてみていた。
「すごい……」
「あのシュウカの体術を初見でほぼ見切ってるなんて…」
リンライの急襲が(本気でなかったとはいうものの)返り討ちにされ、なぜかこの場にいないはずのシュウカが出てきたとき、牙隊のメンバーはさらに驚いた。
こういう場にシュウカが参加することは、今まで一度もなかったからだ。
この遊び程度にやっている戦闘もどきは、牙隊に配属された新戦隊長に対しての通過儀礼謙試験だ。
もちろん、自分たちの正体は隠し、あくまで通り魔的な犯行としている。
上(機動隊の上層部)はおそらく気づいているが、体面上は問題ないのか放っておかれている。
それだけ、ここが用済みの軍人が行き着くゴミ捨て場なのだろう。
ともかく、この最初の戦闘で、自分たちとは違う弱い人間が、どれほどの戦闘技能を持っているのか、信頼に値するのかを試すのだ。
ここで認められなければ、その戦隊長の指示を聞くことはまずない。
自分たちがいるのは戦場だ。
たとえ死というものが普通の人間よりも遠いところにあるとしても、傷を負うのは戦士である自分たち自身。
間違った戦術に従って無駄死にするほど、道具のように扱われる謂れはない。
そして、この試験をクリアすることのできた戦隊長は、未だかつて一人も存在しなかった。
配属されてくるのは、自分の保身しか興味がなく、決して戦場に立とうとしない、王族の言いなりに成り果てたブタばかりだったからだ。
傲慢で、無知で、怠惰で、自分たちのことを道具としかみていない、無能なブタ共。
いつからか、このお遊びは『こんな最前線に配属されて、お悔やみ申し上げます』といったニュアンスで、ムカつくブタを殴るイベントとなっていた。
ただ、今回配属された彼女は、今までのブタとは違った。
「あーあ、つまんない。なんでシュウカが出てくんのさ」
シュウカが戦闘に入ったおかげで(せいで)彼女から逃れられた(彼女との戦闘を追い出された)リンライが、いつの間にかライコウたちのそばまできていた。
「ちょっとリンライ!あんたこそ、なんで出てきたのよ。作戦には参加させないってあれほど言ったでしょ!?」
「えー?だって楽しそうだったから」
ロゼが綺麗な顔に青筋立てて怒っているのに対し、リンライは特に気にした様子もなく飄々と笑う。
それをみたライコウはロゼを宥めつつ、呆れた様子でリンライへ注意する。
「お前な…。2代前のブタ、配属直後に壊したの忘れたのか?」
そう。
前の前に戦隊長に任命された男は、このお遊びでリンライに重傷の怪我を負わされ、1日すら戦線に出ることなく病院へと運ばれた。
その後、国軍からも自主退役していった。
この事件以降、加減というものを知らない戦闘狂のリンライに、“お遊び禁止令”がシュウカから出たのは記憶に新しいはずだった。
……のだが。
「いーじゃん、どうせ数週間後には壊れるんだから」
「「よくねーよ!!」」
その近くにいた全員からつっこまれてもヘラヘラとした態度を崩さないリンライに呆れたロゼが、再びシュウカに目を向けた。
戦況が傾いたのは、その数秒後のことだった。
シュッ…ドゴッ!!
「あっ!」
間一髪といった様子でかわし続けていた彼女が、シュウカの蹴りを受けて吹っ飛んだ。
しかも、かなりの速度で。
「今のは入ったな…」
「えぇ。シュウカもまぁまぁ本気だったし、かなりの威力だったわ。…生きてるかしら?」
ライコウは少し心配そうに、ロゼは痛々しげな表情で吹っ飛ばされた先のセレスティアを見る。
国軍の軍人は嫌いだ。
それは牙隊の面々がみな思っていることだった。
でも、死んでほしいとまでは思っていない。
自分たちを使って国軍の上層部にのし上がろうとする奴らは別だが、それ以外の従軍している兵に対しては、そこまでの激情を持ち合わせていない。
自分たちの存在を知らない人間がほとんどだろうし、ましてや死傷率の高い最前線で戦う牙隊に対して罪悪感を抱える人間などいないに等しい。
ただ、立場が違う以上、内地でのほほんと暮らす彼らのことを好きにはなれない。
それだけだ。
だから、牙隊創設以来の出来の良さそうな戦隊長が、二代前のブタと同じように使えなくなるのは単に残念だと、そういう気持ちから来る心配だった。




