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(9)

シュウカは大して乱れてもいない呼吸を整えつつ、蹴り飛ばした彼女の方へと近づいていく。


(………。)


大きな木の根本付近で、気を失ったように倒れている銀髪の女。

うつ伏せに近い状態で、顔は半分以上髪に隠れていたが、目が閉じているのは確認できた。

かなりの力でぶっ飛ばしたのだ。

しかも足で。

おそらく飛んだ先がこの木の根本で、そこに身体を打ち付けたせいで気を失ったのだろう。

女性が自分の蹴りで気を失っていても、シュウカは大して動揺している素振りはなかった。

それよりも、気になったことがある。


(この女……)


不思議な感覚だった。

牙隊の中でも、自分の体術は特殊だということをシュウカは自負していた。

その特殊さ故に、まず初見で全てを避け切れる奴はいない。

現に、今までもそうだった。

どんなに出来の良い隊員でも、初見で避けられたことはない。隊随一の対人戦闘センスをもつリンライでさえそうだった。

なのに、この線が細くて自分よりも小さな女が、自分の攻撃をギリギリではあったが全て見切っていたという事実にシュウカは驚いていた。


(…何者だ?)


彼女はまだ目を閉じたまま、ピクリとも動かない。

いろいろと聞きたいことはあったのだが、とりあえずこのままにしておくわけにはいかない。

身バレ防止のための仮面の紐を緩め、泣いたピエロの顔を外す。

現れたのは、漆黒の髪と瞳。

そして、彼女を機動部隊本部の救護室へと移動させようと手を伸ばした、そのとき。


ヒュッ…ドサッ!!


「っ!!」


伸ばした手は強く掴まれ、シュウカは一瞬にして体勢を入れ替えられた。

視界に入ったのは、眩しいくらいの青空と、太陽に反射して輝く彼女の銀髪。

反応が遅れた右手は足で押さえつけられ、女は瞬時に太腿のホルスターから暗器を取り出す。

それと同時。

シュウカも自由な左手で、腰に差してあった拳銃を取り出した。

刹那。


ジャキッ

シュッ


ほぼ同じタイミングで、女はシュウカの首元に短剣を、シュウカは女の腹部に拳銃を突きつけた。


相手の目をまっすぐ見たまま、二人は睨み合う。


「…“右”は取ったと思ったんだがな。まさか“左”だったとは」


「いえ、メインは右です。左でも遜色なく使えますが」


「へぇ?さすがは牙隊、といったところか。だが…急所は私が抑えている」


「どうでしょう。貴方が斬るよりも速く、俺が引き金を引きます」


「腹ぐらい、何発穴が空いてもお前を斬るまでは死なんぞ?」


「俺は軍人です。俺一人で貴方を殺ろうとは思っていません。重傷を負わせればあとは仲間が引き取ってくれる」


見方を変えたら妙年の恋人同士が仲良く睦み合っているように、見えなくもないのだが。

二人の会話は物騒な単語の羅列だった。

そしてその目は、間違っても仲がいいようには見えない。

しばらく膠着状態が続く。

それを破ったのは、女の方だった。


「…お遊びは終わりだな」


そう言って首元の短剣をしまい、馬乗りになっていた身体をどかす。

シュウカも元から撃とうなんて思っていない。そう、これはちょっとしたイラつきと訓練が重なった結果だ。拳銃は腹から離す。

そのタイミングで森中に隠れていた仲間たちがゾロゾロと出てきた。


「ちょっと、シュウカ!なんであんたがこんなところにいるの?」


木の上から様子を見ていたのであろう。

最初に襲ってきた猫の仮面を被った少女や、背の高い男が着地し、こちらに歩いてくる。


「……別に」


仲間たちからの追及を逃れるかのように、シュウカは目を逸らした。

実を言うと、この銀髪の女がどれほど戦えるのか、シュウカはこの戦闘が始まるときからずっと見ていた。

仲間にも隠れて。

いつも通り“お遊び”が始まり、しばらくしたとき。

禁止令を出したはずのリンライが戦闘に参加しはじめた。

するとどうだろう。

それまではのらりくらりと攻撃を躱してばかりだった彼女が、リンライと組むことで反撃をしたのだ。

そして、リンライが暗器を向けられたとき。

シュウカは全身の血液が沸騰したかのように、言い知れぬ怒りが湧いてきたのが分かった。


(リンライはーー俺たちは、お前らに刃を向けられるような存在じゃない)


(俺たちは道具として扱われる謂れはない!)


衝動的感情。

まさにそれに突き動かされ、気づいたら彼女の前にいた。

彼女の首を目掛けて振り上げた、手刀とともに。

本気で殺そうとは思っていない。

ただ、発散させる場所がない怒りをぶつけたかっただけだ。


銀髪の彼女ーーセレスティアは、出てきた面々を一瞥し、皆に語りかけた。


「配属早々、随分な歓迎をしてもらったな。礼を言う」


「いーえ。こちらこそ、暗器を出しても刺さないくらいには信用してくれてありがとーございました」


牙隊のメンバーは、もし正体がバレていないようなら、このままトンズラするつもりだった。

しかし相手に完璧にバレている。

今更誤魔化すのも無駄だと思ったのか、ネコの仮面をつけた女は仮面を取り、嫌味を添えて返す。

その様子を皮切りに、周りの仮面たちーー牙隊の面々は仮面を外しはじめた。


(まさか……)


セレスティアは仮面を外した彼らをみて、あることを悟る。


(全員…混血(いろつき)なのか)


画面を外してあらわになったのは、様々な髪色に、色彩豊かな瞳。

ただ、皆が例外なく黒を持っている。

この国で、「悪魔の子」と呼ばれ、忌み嫌われる黒い色素。

謂れのない理由で、虐殺にあった人々の色。


それをみた瞬間、セレスティアの脳裏に一人の少年が甦る。

漆黒の髪に、黒曜石のような瞳。

セレスティアの目線より、少しだけ高い小さな少年。

その表情はすごく歪んでいて、セレスティアを睨みつけるような目でーー。


「……なにか?」


後ろからかけられた声。

こちらに引き戻されかけたセレスティアの意識は、先ほどまで武器を向け合っていた彼に向けられた。

その彼の髪は、黒。

彼の瞳は、黒。

あの少年と同じーーー夜の色。


「あ……」


『助けて』


現実と、過去の虚像が、混ざり合う。


『嘘…つき』


「い、や……」


あの少年は、もういない。

理不尽なこの世界の犠牲者となって、消えてしまった。

ーーーじゃあ目の前にいる、この少年は、誰?


「はっ…はぁ……」


「…?戦隊長?」


急に様子がおかしくなったセレスティアを不審に思い、シュウカは声をかける。

だがセレスティアには、もうこちらの声は聞こえていない。

彼女の瞳が見ているのは、目の前の青年ではなく、あの日の少年の虚像だった。


『僕のこと…どうして見捨てたの?』


「ちがう……わたしは、!」


『嘘…つき…』


「……っ!!」


『嘘つき!!』


「あ、、あぁぁぁぁぁぁ!!」


違う。

違う、違う、違う。


(わたしはーーわたしはーー!!)


「隊長!!」


ふと、聞こえたのはレイの声。


ガッ!!


突如、頸に衝撃がはしり、セレスティアの視界はぐにゃりと歪んだ。


「……ユ…ウ…」


霞んだ視界の中で最後に見えたのは、困惑したような表情でこちらを見る、黒髪黒眼の青年だった。


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