其々の作戦会議
昭和十六年八月二十日、北海道東沖
「見つかったか」
思わず戦艦『ソヴィエツキー・ソユーズ』の司令塔内で太平洋艦隊司令官ネーバ=イワノヴイッチ=ゲローィの口から言葉が漏れた。
先程、日本軍機を確認した太平洋艦隊は直掩機を差し向けた。然し、日本軍機にはまんまと逃げられてしまっていた。
「直掩機の数を増やせるか?」
ネーバは参謀長のビスナーに問いかけた。
ビスナーは少し考えて、進言した。
「はい、我々は現在二十二機の戦闘機機を直掩機に出し、十機を偵察に使っていますが、先程の敵索敵機は我々の存在と進路を敵本営に伝えるものと思われます。これによって我々は敵空母からの攻撃を受ける可能性が出てきます。
「そう成ると厄介です。例えば爆撃で副砲が潰されれば、敵水雷艦隊の接近を許す可能性が高くなり、雷撃を受ければ、沈みはし無いでしょうが、照準が非常に困難に成ります。そして何より制空権を取られれば敵の観測機による弾着観測をされてしまい、これらを合わせると砲戦において敵が圧倒的に有利に成ります。
「それを防ぐ為に、寧ろ索敵を強化すべきだと思います。それというのも、索敵を疎かにして敵に懐に入り込まれては真面な迎撃は出来ません。そして味方空母には何時でも戦闘機を発艦出来る様にしてもらいます。
「更には、索敵の方法も考えるべきです。我々は戦闘機を索敵に使っていますが、此れを時間差をつけて一機ずつ索敵に出します。此れによって、索敵に出した一機が敵攻撃機を見つけた場合、即座にその機の後に出した索敵機を直掩に戻すことが出来るからです」
ネーバはビスナーの言葉を聞いて、成る程!と思った。彼の案は軍事作戦における情報の大切さが分かっている。其れに比べ先程の自分の案と云ったら。
「よし、君の案で行こう。直ちに空母部隊に続ける様に」
「はい」
敬礼をし、命令を迅速に遂行するビスナー姿を見ながら、ネーバは、自分が視野狭窄に陥っていることを自覚していた。世界三大海軍国と戦おうという事が、自分に必要以上に重く伸し掛かっているせいであろう。
其れに半径三百海里の所には味方潜水艦が哨戒を行っており、もし日本空母を見つけたら、電文が入ることに成っていた。
「『ソヴィエツキー・ソユーズ』は沈まん」
ネーバは自分に言い聞かせる様に小さく呟いた。
現在の太平洋艦隊隷下には二隻のレーニングラード級空母がある。この二隻は11200瓲あり、ソ連軍の艦上戦闘機AI-1を三十四機格納出来る。
AI-1
全長 8.8m
全幅 11.6m
最大速度 506km/h
巡航速度 249km/h
上昇力 高度6096mまで12分24秒
航続距離 660海里
武装 12.7ミリ機銃6門
この機種は、赤色海軍が米国から輸入したF4F戦闘機を、其の儘転用したものである。尚、ソ連軍は艦隊護衛の為に空母と戦闘機を建造したが、艦上爆撃機と艦上雷撃機の量産には至ってい無い。
同日、室蘭鎮守府内戦艦『紀伊』艦上
連合艦隊司令長官山本五十六は参謀長伊藤整一の敵艦発見の報告を聞き、ウム、と頷いた。
室蘭鎮守府はソヴィエト連邦の脅威が拡大する中、急いで整備された最も新しい泊地である。その為、艦隊を収容する能力は有り、修理もある程度は大丈夫だが、大規模な修理と成ると、本土の方へ艦を移動させなければならない。然し、ソ連軍が行動を起こした時、迅速に対応が出来る為、今年(昭和十六年)八月十六日から連合艦隊はこの地に居を構えている。
現在連合艦隊には戦艦が十二隻存在している。
紀伊型戦艦『紀伊』『尾張』『駿河』『近江』
長門型戦艦『長門』『陸奥』
伊勢型戦艦『伊勢』『日向』
扶桑型戦艦『扶桑』『山城』
そして練習戦艦として大幅に艤装が制限された形で有るが、金剛型戦艦『金剛』『比叡』がいた。
金剛型戦艦に関しては『榛名』『霧島』も標的艦として、日本海軍は保有している。
更には空母八隻が連合艦隊に所属している。
『赤城』
『加賀』
『龍驤』
『蒼龍』
『飛龍』
翔鶴型航空母艦『翔鶴』『瑞鶴』
そして、今や練習艦と成っているが、『鳳翔』がいた。
現在これらの主力艦の内、
戦艦『紀伊』『尾張』『駿河』『近江』『長門』『陸奥』『伊勢』『日向』『扶桑』『山城』計十隻
空母『赤城』『加賀』『蒼龍』『飛龍』『翔鶴』『瑞鶴』計七隻
合わせて十七隻が室蘭鎮守府に停泊していた。
連合艦隊、いや、日本海軍全勢力と云って差し支えない程の規模である。
「先ずは第二第三の索敵機を出しましょう。そして、付近の潜水艦に連絡を入れ、万全を期すべきです」
樋端久利雄航空参謀の言葉に参謀全員が賛成した。
樋端少佐は山本大将が次官であった時に一度山本大将(当時は中将)と会談を持った事が有る。其れ自体は二時間足らずであったが、両者共に相手の事が気に入った。
山本大将は、物事の真理を明確に付き、然も、其れを元にもう一段発展した論議を作る樋端少佐を、こいつは未来の連合艦隊長官、然も過去最高の人物に成るであろう、とまで評価した。樋端少佐も少佐で自分の出会った海軍士官の中で最も天才的な人物だと、山本大将に感服した。
何より二人は航空主兵主義者であり、話は弾まない筈が無かった。この時、山本大将は出来る限り早く樋端少佐を参謀にさせたい、と思っていた。其れが今、実現していた。
「ここは、我が方も主力艦を出し、艦隊決戦で雌雄を決するべきだ。ソ連軍の水上戦力は所詮付け焼き刃。負けることは有るまい」
「いや、ソ連は独逸の技術を吸収している。其れに米国との繋がりも有る、との情報もある。先ず空母で敵艦隊を叩くべきだ」
「其れなら、敵空母を先に潰しておこう。ソ連の空母は僅かな数しかない。一度の攻撃隊だけで撃沈出来る」
参謀達の様々な意見が噴出する中、山本大将は一度の意見も出さなかった樋端に意見を求めた。
「樋端、貴様はどう見る?」
樋端少佐はそれまで開けていた口を閉じ、別人の様に眼光を鋭くした。
「はい、敵がこのまま此処を目指して西進するとして、実は一つ案が有ります」
次回から海戦(予定)です。
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