海戦の序章-策戦始動す
八月二十一日、北海道東沖
午前六時『赤城』艦橋で第一機動部隊司令長官南雲忠一中将が甲板を見下ろしていた。『赤城』の甲板上から、発動機の音を震わせて、次々と零戦が飛び立って行く。同様の光景が『加賀』『蒼龍』『飛龍』『翔鶴』『瑞鶴』上で見られていた。
現在の各空母の艦載機は以下の通りである。
『赤城』零戦二七機、艦爆二一機、艦攻一七機
『加賀』零戦三○機、艦爆一八機、艦攻二四機
『蒼龍』零戦二一機、艦爆一八機、艦攻一八機
『飛龍』零戦二一機、艦爆一八機、艦攻一八機
『翔鶴』零戦三○機、艦爆一八機、艦攻二四機
『瑞鶴』零戦三○機、艦爆二四機、艦攻一八機
機動部隊の航空戦力は零戦百五十九機、艦爆百十七機、艦攻百十九機の計三百八十五機となり、単純比較で赤色海軍の数倍の航空戦力が日本海軍に有った。
『ソヴィエツキー・ソユーズ』艦上ではネーバが緊張の面持ちをしていた。室蘭鎮守府沖に配置していた潜水艦より、日本の有力艦隊が室蘭から出撃したという報告を、二十時間以上前に受け取っていた。そして太平洋艦隊周辺に警戒網を張っていた潜水艦より、日本の大艦隊発見の報告がつい先ほど届いていた。
「然し何故日本海軍は南西から攻めてきたのだ?一直線に西から来ていれば、迅速に会敵出来るのに」
ネーバの疑問に答えたのはビスナーであった。
「恐らく罠でも仕掛けられている、と思ったのでしょう」
「まぁ良い。何れにせよ数時間後には会える。その時こそこの『ソヴィエツキー・ソユーズ』率いる太平洋艦隊の主砲が対馬沖海戦の仇を取るのだ」
ネーバはそう言うとふぅ、と大きく息を吐いた。
先ずそれに気付いたのは、南方の索敵に使われていたAI-1の搭乗員であった。彼が先ず見たのは二つの黒点であった。それはみるみる間に近づいて来たかと思うと飛行機の形をし出して来た。
彼はその瞬間機種を翻し、味方空母へとこの情報を持って帰ろうとした。然し、AI-1と零戦では零戦の方が一○ノットも速い。AI-1は散々逃げ回ったが、十分後には撃墜された。然し、空戦が始まる前に書きかけではあったが、電文が太平洋艦隊に送られていたのだった。
「来たか」
敵機発見の報告を受け、ネーバの発した第一声がそれであった。彼は既に用意していた策を出す。
「空母部隊に伝えよ。艦載機全機発進」
敵艦隊との会敵予想時刻は五時間後である。様はその五時間太平洋艦隊を守り通せば良いのだ。それは大したことでは無い、とネーバは思っていた。此方に攻撃機は無い。ならば戦闘機を全機使い守り通すのみで有る。
凡そ三十分後には、既に二隻のレーニングランド級空母から放たれたAI-1戦闘機五十六機が、艦隊の上空を守っていた。そして、偵察の命を負っていたAI-1も、次々と直掩隊に合流していった。
計六十機程に成った太平洋艦隊のAI-1戦闘機は南方に敵影を認めるや、即座にそちらへと機首を向けた。
「何だこれは……」
AI-1の搭乗員は日本軍機がハッキリと見える範囲にまで近づいた時、思わず声を上げた。それも無理ない。何せ、彼らが出迎えた敵機の殆どが同一の機体だったのだから。
「予定ではそろそろ零戦と敵艦戦との戦闘が始まる頃だな」
山本大将は『紀伊』艦橋で、参謀達に呟いた。そして、それを図ったかの様に、電文が艦橋に伝えられた。
「戦闘機隊より入電。『我ラ只今ヨリ敵艦戦ト戦闘ニ入ル』です」
「どうやら始まったようだ」
この山本大将の言葉に、彼と連合艦隊参謀一同は此れからの奮戦を思い、今一度褌を締め直した。
樋端の策戦は、連合艦隊を戦艦部隊と空母部隊に分け、戦艦部隊は南西から空母はその速力を生かし、南へ回るというものである。
尚、この編成では、戦艦はその速力の遅さ(最も遅い扶桑は公試二四ノットを出しており、それが限界であった)敵潜水艦の攻撃を受ける可能性が有る為、又、空母は艦載機を使いそれ自身で対潜能力を得ている為、小型艦は殆ど戦艦部隊へと付けられていた。英国の様子を見て、日本海軍はソ獨の潜水艦の恐ろしさを知っていた。
勿論この編成は小型艦が水上戦闘時に魚雷を敵艦に叩き込むという意味も有る。
英国から輸入したソーナーの性能は優秀で、戦艦部隊の駆逐艦はこれ迄3隻の敵潜水艦を発見、何れも撃沈している。実はソ獨の潜水艦は軒並み欧州に配置されていて、日本付近では、欧州の三割以下しか、配備されていない。更に、索敵任務の為散らばって配備されている。その為、欧州で英国を苦しめている、集団戦法は使えなかった。
又、この作戦では戦艦部隊が発見されると同時に、空母部隊が攻撃部隊を出すことに成っていた。その為、空母部隊の対潜索敵は広範囲で行っていたのだが、一隻の潜水艦も見つける事は無かった。又、赤色海軍の潜水艦も空母部隊を見つけ出す事は出来なかった。これは、赤色海軍が西方に重点を置き、索敵を実施した影響であった。
午前五時四十分、朝日が既に顔を出している空の下、終に日本海軍戦艦部隊は赤色海軍潜水艦に捕まった。この情報は即座に太平洋艦隊に伝えられた。
午前五時四十五分、戦艦『紀伊』艦橋で山本大将は後方海域で電波が発生したことを確認。即座にこの情報は空母部隊に届けられた。
同時刻、南雲中将は『赤城』艦橋でこの情報を受け取った。戦艦部隊と太平洋艦隊の距離は三○○海里程であったが、空母部隊との距離は未だ三十五海里有った。このことは重巡『利根』の放った零式水偵により、南雲中将の知る所と成っている。
しかし、九七式艦攻の攻撃半径は二九○海里である。よって、三○ノットで進んでも半時間程立たなければ攻撃出来ない。いや、太平洋艦隊は西進しているので、もっと近づかなくてはいけない。戦艦部隊が見つかった今となっては、太平洋艦隊は南西方向に向かうと予想されるが、そう此方の思った通りに進むとは限らない。その為、もうしばらくの内は、航空機の発進は慎重にならなければいけなかった。
その為、南雲中将は先ず零戦と連絡用の艦爆のみを発進させる事とした。いや、実はこれは南雲中将が考えた案では無く、樋端少佐の考え出した案である。彼は先日の内に南雲中将に敵艦隊に十分に近づけ無かったら、戦闘機のみで先ず敵艦上の戦闘機を打破し、その後に艦爆、艦攻を発進させ、敵艦を撃破する。この様な案を授けたのであった。
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