日ソ戦争勃発、満州の盾
昭和十六年七月二十六日、満州、ソ連との国境付近
支那事変が終わり一息つけると思ったらこの様だ。川本勉一等兵は人知れずため息をついた。
現在川本一等兵がいる部隊を含む日本軍とソ連軍は満ソ間の国境を挟んでじりじりと睨み合ってのだが、この時川本一等兵の脳裏には嫌な予感が渦巻いていた。
盧溝橋事件のように成るのではないか、という予感が。しかしそうなると次は英国の仲介を期待出来無い。それにノモンハン事件のように成るのではあるまいか。川本一等兵はこれからの激戦を思うと気が重くなった。
盧溝橋事件とは昭和十二年に起こった支那事変の発端と成った出来事である。支那事変は英国の仲介もあって、発生から一年程度で何とか日中間の間で休戦が結ばれた。
英国はこの時日本に対しては「これ以上暴走をするようなら同盟を破棄するのもやむを得ない」と勧告。日本もそう成ると四面楚歌どころではなくなるので兵を引かざるを得なかった。
また英国は中華民国に対しても「蒋介石が話し合いの立場に立たないのならば武力を持って解決せざるを得ない」と云い、更には中華共産党の暗躍を指摘。支那事変が解決した暁には軍事援助も考える、と飴と鞭を使いこなした。蒋介石も幾ら米国の支援があるとはいえ、日英二国を相手には出来ぬと苦渋の決断を下し、日本との停戦を受け入れた。
此処で英国の思想の根幹を占めるのは『対共』の二文字である。ここで日中が戦争を起こし、双方が疲弊すればソ連の思う壺である。
今や米国は完全に中立の立場であった。いや、一部ではソ連に物資を横流ししている、という噂さえあった。こうなると太平洋方面で英国と正しく共産主義の危機感を共有しているのは日本だけとなる。
それにいざ日中がソ連に敗れることがあれば、次は英国の植民地に手を伸ばすかもしれ無い。そうなると、英国は自国で資源を取ることが出来なくなる。
以上を考え英国は支那事変をなんとしても終結させなければいけなかったのだ。
また、ノモンハン事件とは昭和十四年に満州国と蒙古との国境付近で起こった、日ソ間の軍事衝突である。日本は当時の最新式戦車である、九七式中戦車を使い善戦したが、如何せんソ連は生粋の陸軍大国。結局の所日本は負けてしまった。これについては和平交渉は成立しており、現在、満蒙間の国境は一応画定されている。
ソ連としてもこの段階で東欧州に侵攻する寸前で会った為、挟み撃ちに成るのを避けたかったのではないか、と言われている。或いは支那事変が予想以上に小規模化したので慎重になったのではないか、とも言われたが、真実はスターリンのみぞ知る所である。
今回も同じ様に-開戦は支那事変の様に、経過はノモンハン事件のように-なるのでは無いのか、という不安が過去の二戦を経験した川本一等兵の溜息のタネである。
然し川本一等兵も帝国軍人。いざという時は、満州の盾となり、散りゆく覚悟である。
八月十二日、川本一等兵の耳に突如地響きが聞こえてきたかと思ったら、黒い波が押し寄せて来た。いや、ソ連兵が雪崩れ込んで来たのだ。日ソ戦争の本格的な始まりであった。
同月十八日、ソ満国境付近上空
神田武少尉は九九式軽爆撃機(九九式軽爆)の上で編隊を率いていた。九九式軽爆とは例の航開本が作った陸海軍共有機の内の一つである。尚、海軍では九九式艦上爆撃機(九九式艦爆)として採用されている。
最初、神田少尉がこの機体が陸海共通だと聞いた時、彼の脳裏には疑問符が飛び交った。両軍の中の悪さは、軍に関わった事のある者なら誰でも知っていることである。其れなのに何故同種の機体を採用したのか。
暫く後に噂で、陸軍は決戦兵器と呼ぶに相応しい物を開発しており、そのせいで残りの予算が少なく成っている。その為、単発機は妥協したのだ、と聞いた。その時、神田少尉は少し気分を害した。
しかし、それもすぐに吹き飛んだ。九九式軽爆の優秀さ故にである。対戦車を考えた時に、この機体の急降下性能は非常に頼りになるのだ。今ではもう彼は、九九式軽爆にすっかり惚れ込んでいる。
九九式軽爆には時折制空隊との戦闘に生き残ったソ連軍の戦闘機(I-16)が襲いかかって来る。しかし、直掩隊の百式戦闘機(海軍の零式艦上戦闘機と同型)に蹴散らされ、更に追いかけて来た制空隊の百戦にもやられ一機、又一機と撃墜される。
神田少尉は眼下のソ連軍重戦車の内の一体に狙いを絞り、一番駆けに急降下をかける。重戦車は必死に躱そうとするが、その緩慢な動きを逃す筈も無く、神田少尉は見事二百五十瓦爆弾を命中させた。
攻撃を終えた神田少尉が、高度を回復させ地表を見渡す。すると煙が其処彼処から上がっているのが見て取れた。
九九式軽爆が上空を乱舞するのを、赤軍士官であるグリューンは苦々しい思いで見ていた。空軍は何をしているのだ!と怒鳴り散らしたいが、生憎赤色空軍の士官は側に居らず、我慢するしかなかった。
噂では、空軍は獨逸軍と共に、欧州戦線に駆り出されているらしい。しかし、こうも旧式機ばかりでは戦闘になら無い。結果赤軍機は面白いように撃墜され、戦車も次々と破壊されて行く。
勿論、ソ連軍の苦悩など知らない日本は、この日だけで計数回の爆撃を行い、この三日程連続で十数回もの爆撃をしていた。結果赤軍の侵攻はさっぱり進まず、損害ばかりが募っていた。
日本は当初こそ不意を突かれ、かなりの損害を被ったが、徐々に戦況を挽回し始めていた。
この様に、ソ連は満州でこそ苦戦していた。しかし一方欧州はというと、仏蘭西の降伏も最早時間の問題かと思われ、又英国本土空襲も、度々行われていた。
チャーチル首相は、側近にぽそりとこう漏らしたそうである。「日本が航空機を送ってくれば良いのだが。彼の国は空襲を受けて無いのだから」この言葉だけで、如何に英国が追い詰められていたのか、分かろうと思われる。
然し、この国に、朗報が無いわけではなかった。新型の対潜兵器が、完成間近だということだ。少なくともこれが完成すれば、国民の生活も少しはマシに成るだろう。チャーチルは少し胸を撫で下ろした。
英国は、独ソの執拗な潜水艦の雷撃のおかげで、物資を真面に運べていなかった。それが、少しでも軽減されるのならば。チャーチルには、この事がまるで、デウスが照らした光にも匹敵する様にも思えた。
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