第二話 勇者様、厨房を爆散しないでください!
王国歴四二三年。魔王復活から三十八日目。
王都異世界転移者管理局・労務監査課。
「……まず、現状の確認から始めましょうか」
監査官ミレイユは、黒く焦げた現場報告書をバインダーに挟み、冷ややかな視線を送った。
対面に座る勇者アキラの顔には、昨日までの極度の寝不足とはまた違う、魂が抜け落ちたような疲労が刻まれている。
「……料理をしました」
「結構です」
「自分で食事を作りました」
「改善命令を守り、自立への第一歩を踏み出したわけですね」
「はいっ!」
アキラはチリチリに焦げた前髪を揺らし、どこか虚勢を張るように胸を張った。
「朝食はぁ! 自分でぇ! 作りましたっ!」
ミレイユは無表情のまま、小さく頷いた。
「大変よろしいことです。で、何を作ったんですか?」
「味噌汁です」
「……お味噌汁ですか」」
「はい!」
「では問います。なぜ、当課が誇る一級厨房が全焼しているのですか?」
「…………」
沈黙。アキラの視線が、部屋の隅々を目まぐるしく泳ぐ。
「いや……あの……」
「火加減ですか?」
「はい」
「極限の強火にしましたね?」
「はい。リミットブレイク(限界突破)させました」
「なぜ?」
「『料理は火力とスピード』だと、昔観た料理漫画で学んだので」
ミレイユは深いため息をつき、こめかみを指先で強く押さえた。
「それは一流シェフの台詞です。調理場を爆心地に変えた男が引用していい言葉ではありませんっ!」
「でも鍋は! 一瞬でマグマみたいに熱くなりましたよ!」
「ええ、鍋だけでなく、厨房全体と隣の待合室まで等しく熱されたようですが」
「はい……消防隊の放水で冷やされました……」
「具材は何を入れたのですか?」
「大根、豆腐、ネギです」
「……そこは普通なんですね」
「あと、隠し味に『知恵の果実』を」
「入れないでください」
「隠し味ですって! エキスが出るかと!」
「何度も言いますが、あれは観賞用のただのみかんです」
「知恵が宿るかもしれないじゃないですか! 聖剣も言ってたし!」
「知恵が宿る前に消防隊を呼んでください。あと聖剣は喋りません」
アキラはガックリと肩を落とし、小さな声で呟いた。
「……でも、完成品はちゃんと食べましたよ」
「食べたんですか、あれ……を……?」
「はい」
「味……は?」
「……煙と、木炭と、敗北の味がしました」
「それは料理ではなく火災現場の残留物の味ですっ!」
ミレイユは容赦なく報告書へ、赤ペンでデカデカと『×』印を走らせた。
「自炊訓練、初回にして完全なる失敗です」
「待ってください! 俺、ちゃんと反省してます! 次は絶対にやらかしません!」
「……ほう。では、次回から具体的にどう改善するつもりですか?」
アキラは眉間にシワを寄せて真剣に考え込んだ。
「……次は、弱火にします」
「そうしてください」
「そして、万が一また火事になったら、すぐ水をかけます」
「当然の初歩的防災措置ですね」
「燃え盛る炎を、聖剣の奥義『真空斬り』で爆風消火しようとするのは?」
「絶対にやめてください。酸素が供給されて爆発炎上を起こします」
「ですよねー。いやー、剣を振り抜く前に止めてくれて助かったわ」
ミレイユは眼鏡のブリッジをクイッと押し上げると、一枚の請求明細書をペラリと捲った。
「ちなみに、厨房の全半壊に伴う修繕費ですが」
「えぇ……まさか、俺が払うんですか?」
「過失致火および改善命令違反による損害ですから、全額自己負担です」
「俺、世界を救う伝説の勇者……ですよ?」
「だからです!あなた勇者なんですからまずは市民の模範になってください。どうして市民の財産を脅かす存在になってるのですか?自分の損害賠償金くらい責任を取ってください」
「ぐっ……」
「魔王討伐の旅より法規制と請求額が厳しいすぎんだろ、この世界!!」
「言っておきますが、既に魔王城から正式な苦情申し立て届が届いています」
「魔王から!???」
ミレイユは、達筆な魔界文字で書かれた文書を掲げて見せた。
「『朝の定例幹部会議中、隣国から黒煙と爆破音が響いて集中できない。勇者の労働環境および近隣への騒音対策はどうなっているのか』とのことです」
「魔王、相変わらずホワイトで常識人かよ!!!」
「あと、王都の住民からも『もうあの暴走炎上野郎に包丁と火を持たせるな』と署名が届いています」
「俺の勇者としての信用が、味噌汁一杯で一瞬にして地に落ちた……」
ミレイユは眼鏡のブリッジを再度クイッと押し上げ、ドスンとバインダーを開いた。
「それでは、本日の監査結果とステータス評価を発表します」
・戦闘能力:A
・火災誘発リスク:SSS(災害級)
・調理スキル:F-(測定不能・危険物取扱違反)
・防災意識:F-(火に油を注ぐタイプ)
・信用度:F-(魔王城および近隣住民からの苦情多数)
「よって、本日の改善目標を発令します」
「はい……(ゴクリ)」
「【火気厳禁・調理禁止】。明日からは、スポンジに洗剤をつけ、安全に食器を洗う作業から始めましょう」
「小学生のお手伝いレベルかよ!!」
「安心してください」
ミレイユはこの日初めて、にやりと公務員スマイルを浮かべた。
「明後日は『包丁の安全な握り方と、猫の手の添え方』からです」
「もっと小学生教育じゃねえかあああぁぁぁ!!!(号泣)」
こうして、伝説になるはずだった勇者の旅は、
魔王の脅威ではなく『危険物取扱違反と火災騒ぎ』によって、今日も今日とてストップしたのだった。
(第三話「勇者、皿洗いで泡の海に沈む」へ続く……続くのこれ?!)
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