第一話 勇者様、まず寝てください
王国歴四二三年。魔王復活から三十七日目。
王都異世界転移者管理局・労務監査課は、一件の監査報告書を作成していた。
「――で、これがその『勇者アキラ』の稼働実績ですか」
監査官ミレイユは、羊皮紙ではなく無駄に分厚いバインダーを指先でトントンと叩いた。
対面に座る十七歳の少年――勇者アキラは、肘を机につき、どこか誇らしげな笑みを浮かべている。髪はボサボサ、目の下には魔王の呪いかと見紛うほどの深いクマが刻まれていた。
「ふっ……驚くのも無理はありませんよ。昨日も『暗黒騎士』をソロで20体討伐しました(ドヤ)。俺のリミットブレイク(限界突破)は順調ですよ!」
「リミットブレイク(限界突破)どころか、生体反応が瀕死のゴブリン並みなんですが」
「え?」
「では確認します。一昨日の睡眠時間は?」
「2時間ですが、何か? 覚醒の魔法薬(栄養ドリンク)を飲んだので集中力は研ぎ澄まされて――」
「その前の日は?」
「1時間半。限界を超えた先に見える景色があるんですよ」
「はぁ?ではその前は?」
「……覚えてません。でも聖剣は『もっと戦え』と言ってますよっ!」
「聖剣は喋りません。それは睡眠不足による幻聴です」
「……!」
ミレイユは眼鏡のブリッジをクイッと押し上げ、赤ペンを走らせた。
「連続稼働時間、規定オーバー。カフェイン(類似薬物)の過剰摂取。睡眠障害レベル4。……はい、アウトです」
「いやいやおかしいでしょ! ちょっ、俺、勇者ですよ!? 世界を救うために召喚されたんですよ!?」
「ええ。ですが当課の規定では、異世界召喚者は『第一種特定危険有害業務従事者』に分類されます。あなたの現在の生活習慣は、労働安全衛生法第12条に明白に違反しています」
「魔法世界に労働基準法を持ち込むな!!」
「それから食事です」
ミレイユは淡々と次のページをめくった。ペラッ、と厳しい音が響く。
「昨日の朝食、なし。昼、乾燥タミミズ肉(賞味期限切れ)半切れ。夕食、なし」
「途中で『知恵の果実』を食べました!」
「あれはただの観賞用のみかんです。栄養価はゼロです」
「でも聖剣は振れました!」
「人間の胃袋は聖剣の鞘ではありません。あと、入浴頻度『4日に1回』とはどういうことですか? 聖剣の適合率は歴代最高なのに、体臭の適合率は歴代最低です」
「そろそろ、ご自身の体臭気づかないのですか?」
「うぐっ……! だ、だって時間が勿体ないだろ! 魔王が今この瞬間も世界を滅ぼそうとしてるんだぞ!?」
「魔王城の営業時間は午前9時から午後6時までです。夜間襲撃は近隣住民の迷惑になるため、魔王側も自粛しています」
「魔王、ホワイト企業かよ!!!」
ガタッと立ち上がったアキラに対し、ミレイユは最後に厚さ5センチはあるバインダーをドスンと机に置いた。
「総合評価を発表します」
・戦闘能力:A
・魔王討伐適性:A
・生活習慣:F-(測定不能)
・人間としての尊厳:要再教育
「よって、改善命令を発令します」
ミレイユの宣告とともに、バインダーが開かれた。そこにはぎっしりと【勇者生活改善スケジュール】が刻まれている。
「明日より、毎朝6時起床。朝食は米と味噌汁。昼食はバランスの取れた定食。夜は10時消灯。お風呂は湯船に15分浸かること。歯磨きは3分間、手洗いとうがいは『ハッピーバースデー』の歌を2回歌う長さで行ってください」
「小学生の夏休みかよ!!ってか魔法世界に味噌汁あるんかよっ!嬉しいけどさ!でも、俺の魔王討伐は!?」
「生活習慣が改善され、血色と肌ツヤが戻るまで凍結です」
「俺、世界を救う勇者なんだぞ……!」
「はい。ですから――まず寝てください」
こうして、伝説になるはずだった勇者の旅は、
魔王の脅威ではなく『公務員の指導』によって、あっけなくストップしたのだった。
(第二話「勇者、初めての自炊で火事を起こす」へ続く……のか?)
End_is_Zéro_Project




