7話 大きな一歩を踏み出した時、人はそれに惹かれる
——酒場 ハフリ
「頃合いだな。」
ハフリは呟くとシグマを追放したその場所でテーブルに足を置き、一人の男を見て言った。
「奴を殺せ。」
鎧を着て、大層な大剣を持った男はハフリをにらみつける。
「さっき言ったこと、本当なんだろうな。もし違えば、俺の仲間になにかあろうことなら、『銀色の鷹』のリーダーとしてお前を殺すからな。」
ハフリは口笛を鳴らす。
「安心しろ。嘘はない。」
それだけを聞くと鎧の男はハフリ以外、誰もいない酒場から出ていった。
「さあ、そろそろ終わりにしようか。」
ハフリは薄暗い店の中で口角が上がっていった。
——迷宮都市パンドラ 宿
僕は大量の飯をほとんど見知らぬ人と囲んでいた。
ユリウスさんがこの都市で集めた新しいパーティなのだと言う。ツバキやコガネさんの姿もあるが他にもたくさんの人達がいた。
意外だ。ユリウスさんのクセに女性が少ない。2、3、4……。4人か。あとの5人は全員男性。僕のときは僕以外全員女性だったのに。
「よお。お前がシグマだな。遠慮せず食え。砂漠、暑かっただろう? 俺も実は中央大陸出身でな。この砂漠の暑さを初めて実感した時の衝撃は10年経った今でも忘れられないぜ。」
大男が背後から肩を組む。大きな耳がある。獣人だろうか? 僕の座る椅子を囲むように大きな尻尾が動く。
「おい、ヘッダー。あんまりシグマくんを虐めるなよ。返り討ちにされても知らんからな。」
眼鏡をかけた男が肉を頬張りそう言った。ヘッダーと呼ばれた獣人の大男は笑った。
「確かに。それは大変だ。でも仲良くしたいのは事実だぞ。」
すると、眼鏡の男性の横に座ったローブを纏った女性が言う。
「なら距離の詰め方が間違ってる。世の中全員あなたみたいな馬鹿だと思わないでよね。」
そう言い、その女性は横の眼鏡が豪快に肉を食うとは反対に肉を小さく切り、肉を噛み締めていた。
すると、僕を囲んだ尻尾が落ちる。
「なんだよ。」
ヘッダーは愚痴を溢し僕の左隣の席に座った。手を合わせ目の前の肉を丸呑みにする。
「あぁ! うめぇな。ほら、シグマも食え。」
僕の皿に大量に肉が盛られていく。
こんなに食べれない……。でも、やっぱりユリウスさんは凄いな。このパーティも楽しそうじゃん。
すると、席を外していたユリウスさんとツバキが戻ってくる。
「おお、どこ行ってたんだ? ユリウス!」
獣人の男がそう問う。
「別に。ちょっと探し物をね。」
そう言いユリウスさんはテーブルを挟み、僕の正面に座った。一番遠い席だった。
近くが良かったな……。そう思ったのも束の間、ユリウスさんは僕をずっと見ていた。
それはこれでいいかも。
ユリウスさんの両脇の席が空いていた。ずっと立っていたコガネさんは直ぐ様ユリウスさんの隣を占める。
もう片方はツバキかな。そう思っていた。しかし、ツバキはその場所を通り過ぎていく。
どうしたのだろう。まだ席には着かないのかな?
ツバキは僕の隣の席で動きを止める。
え? まさか。
すると、ツバキはその席に着く。
「おい。どういうことだ? ツバキ、ユリウスの横じゃないのか?」
一番最初にそれを指摘したのは獣人の大男だった。
ツバキは何も言わない。彼女は顔を赤く染めていた。
なんでこっちに? まあいいか。僕はそれ以上深く考えないようにした。
次々とパーティメンバーが席についていく。この人たちはなんでさっきから立っていたのだろうか。コガネさんは分かるけど他はどうしてなのだろう。
「さて、全員席に着いたようだね。それじゃあ、飯を食おうか。」
ユリウスさんはそう言うと彼らは飯を食べ始めた。
あぁ。そういうことか。リーダーが来るまでの間は席に着かない。リーダーが良いと言うまで飯を食わない。冒険者の中ではよくある決まりだ。実際、『集う者』でもそうだったな。
意外だな。ユリウスさんがそのルールでパーティを運営してるなんて。
まあ、彼らが勝手にやってるんだろうな。先に食べちゃってる人もいたし。
そう思い僕は獣人の男が装ってくれた肉を頬張った。
僕らは色んな話をした。ユリウスさんと会った経緯やどれほどユリウスさんを慕っているのかなどほとんどがユリウスさんの話だった。
「もういいだろ。そろそろ俺のこと。このパーティ、そしてシグマたち、元のパーティのこと。その全てを俺の口から話させてくれ。」
テーブルの上の食事はまだ半分以上残っていた。
——ユリウスさんが話を初めても獣人、メガネ、ローブの女性の食欲は収まらなかった。というか少し自由すぎる。
どんどん用意された食事が減っていく。僕も他のメンバー、ユリウスさんも少しずつ食事を自分の皿に装っていく。
話をまとめると
1.ユリウスさんが元パーティを置いて逃げた理由はハフリの不正に気づいたからだと言う。
「ハフリ、あいつの魔法は『洗脳』だ。」
この世界は誰もが一人一つ魔法を生まれ持って生まれる。ユリウスさんの魔法は『深層心理』という魔法だった。
ユリウスさん曰く、自身の大量の思考が整理されるらしい。その大量の中から選択するのは自分であり、それが正解であるかは分からないという魔法だと言う。
ハフリがクランの抗争に勝ち続けるのは敵も味方も意のままに操れるからという理屈らしい。
「ユリウスさんは自身の魔法のおかげで、洗脳から抜け出せたということですか?」
ユリウスさんは頷く。
「それともう一つ、ハフリの手駒の中に一人、魔法、物理、あらゆる事象を無力化……またはあしらっている者がいる。」
飯を食っていた者たちの動きが止まる。
「なんじゃそりゃ。どうやって勝つってんだ?」
獣人の男がそう呟いた。
「俺がパンドラに来た理由はそれだ。例え洗脳があろうがなかろうがそれがあるだけで突破は不可能。だから迷宮報酬に目をつけた。」
半年、迎えにこれなかった理由はそれか。
「迷宮の報酬にそれを打破する道具が入手できるんですか?」
僕はユリウスさんに問う。
「あぁ。迷宮パンドラ35層、そこに一時その道具を中心に魔法を使えない領域を展開する使い捨ての道具がある。」
メガネの男性がふと言葉を溢す。
「まさか、ユリウスにそんな目的が。」
すると、横のローブの女性が言った。
「35層を目指してるのは知っていたけれど、まさかそんな化け物を倒すためだったなんて。」
この人たちも目的は知らなかった。ユリウスさんは隠していたのか。前じゃ考えられない。それほど本気で僕たちを。
「昨日、俺たちは10層の攻略に至った。そこでお願いだ。シグマ、お前の力が必要だ。その『危険察知』俺たちのために使ってくれないか?」
来た! 新しいパーティと聞いた時から、いつかこのセリフが来ると思っていた。正直に言えばあまり気は乗らない。懐かしさは感じる。でも僕にとってのユリウスさんとの思い出は元パーティにある。
また、違うパーティでユリウスさんの下にはつけたくない。
でも、そのパーティを取り戻すためだと言うのならわがまま言えないのかもしれないな。
「はい。」の二言が言えない。言えば本当に自分の意思で元のパーティから抜けることになる。
抜けることは苦ではない。またパーティを組み直せばいいだけの話。僕は少しユリウスさんに頼りすぎではないか?
「少し、考える時間をください。すいません。」
僕は俯く。もう食事をする気なんて起きなかった。
——僕はあのあとから宿に戻れていない。
もう夕方か。気まずいな。ツバキたち新メンバーと合わせる顔がないし、ユリウスさんとも今は会いたくない。
僕は酒場の集まる街並みを歩いていた。僕は痛くなってきた足を止める。
ここ、昨日案内してくれた人と別れたところだ。
そうだ! 今日の夜あの人と飲む約束してたじゃん! 完全に忘れてた。よかった。今気づいて。ちょっと早いけどギルドに向かおうかな。
まだ灯りの灯ったギルドの中には入らず、僕は外で彼を待っていた。
様々な種族の人々が出入りをする。冒険者は勿論、商人や住民もがそれを利用する。
総括ギルドは世界の秩序を保つものなのだと実感する。
「よお、兄弟! もう来ていたのか。昨日は大変だったな。まさか潰れた男ぶん殴ろうとした時はビビったぜ。
手出さなくて正解だったか? まあ嬢ちゃんと話だとたところで帰ったけどよ。忘れてなくてよかったぜ。さっ、俺の行きつけでいいか? 飲もうぜ。」
「会ったばかりで申し訳ないんだけど、話聞いてくれないか? 兄弟なんだろ?」
男は笑う。
「お前、人の扱いうめぇだろ。いいぜ、兄弟。」
——酒場
僕は店で一番大きい木杯の、四杯目をテーブルにドンッと置いた。
「僕は、どうすりゃいいんだよ!」
男は六杯目の木杯を静かに置いた。
「お前の話を聞くにそのユリウスってやつとはまだ一緒に行動したい。でも下につくのは何か不満。なら共闘ってのはどうだ? クランだよ。お前が新しくパーティを組めばいい。」
「酔ってるんじゃない。僕がリーダーってそんなパーティが成り立つわけ。まず人がいないよ。」
男は自分の分と僕の分の追加を頼み言った。
「俺がお前のパーティに入ってやるよ。」
「え?」
男はテーブルに肘をついた。
「俺はジョンってんだ。よろしくな。」
「なんで僕に付いてこようと?」
ジョンは空の木杯を手に取り、のぞきながら言った。
「お前が気に入ったんだ。大物の予感がする。」
ジョンは木杯をテーブルに置くと、僕に向かって、滑らせるようにそれを押し出した。
差し出された空の木杯。僕はそれを静かに持ち上げた。




