6話 出来上がった空気は勇気で適応できる
「その腕、もしかして僕のせい?」
ツバキの青く腫れた腕から視線が離れない。
「い、いや。そうじゃないよ。」
隠しそうとするツバキを見て僕は心が痛んだ。
それでも、彼女が隠すと言う選択を選んだことでそれ以上踏み込むことはできなかった。
「ごめん。」
ただ、この言葉だけは言わなければいけない気がした。
「……うん。気にしてないから。」
もう感情的にはなりたくない。そう実感した。
会話もなく僕らは広い宿の廊下を歩く。一分も経たない頃だった。ツバキがある扉の前で足を止めた。
ここか。ユリウスさんの部屋は。
昨夜、泥酔して潰れていた彼の姿が頭に浮かぶ。それを振り切り、扉の前に拳を置いた。僕はツバキを見る。
ツバキは静かに頷く。
僕は扉を叩いた。
しばらく時が止まったように何もない時間が流れる。
「あれ? まだ起きてないのかな?」
ツバキが前に出て扉を叩く。しかし返事が返ってこない。
僕とツバキは顔を見合わせる。
ツバキは勢い良く扉を開いた。中を見るツバキ、彼女の動きが止まる。
僕も続けて中を覗く。
そこには静かに寝息を立てる男の姿。隣には一人の女性の姿があった。
あの女性、昨日ユリウスさんを支えていたもう一人の人だ。
一言も発しなかったが僕が殴る直前に反応し結界を張っているのを僕は見逃していなかった。
あのあとツバキが部屋まで連れて行くように頼んでいたのは見ていたがまさか一緒に寝てるなんて。
これは……。
僕は隣に立つツバキにゆっくり視線を向けた。ピクピクと動く眉、だんだんと握られる拳。僕は咄嗟に一歩後ろに下がっていた。
静かに、かつ素早く動くツバキ。二人に距離を詰める。拳が寝ている女に飛んでいく。
腹に叩き込まれ、女は飛び起きる。
「いっったぁ〜〜い!!」
ツバキは間髪を入れず女に距離を詰める。
「降参! ごめん! ツバキ!! 私が悪かったからぁ〜!」
僕はただ見ていることしかできなかった。昔からそうだ。ユリウスさんはいつも女性に人気だ。
なんだか、昔に戻ったみたいだ。また似た光景が見れるなんて。
ユリウスさんが体を起こす。目を擦りながらあくびをしていた。
「おはよう。ツバキ、コガネ……」
ユリウスさんは、まだ眠たげな声で、部屋の中にいる面々に挨拶をしていく。
「シグマもおはよう。」
あまりに自然だった。まるで昨日まで一緒にいたかのように、とても半年以上会えなかった相手との挨拶とは思えなかった。
ツバキが青い腕でユリウスさんの胸ぐらを掴む。
「ユリウス!」
ユリウスさんは何も言わない。ただ固まっていた。ツバキは即座に手を離す。
「……シグマ? だと?」
ユリウスさんが、カクカクとした機械的な動きで僕に視線を向けた。
「おはよう、ユリウスさん」
僕がそう微笑んだ瞬間、ユリウスさんの姿が、視界から消えた。
正面から、衝撃が走る。
警告を鳴らすはずの僕の魔法は、一切反応しなかった。敵意が、微塵もなかったからだ。気がついたときには、僕はユリウスさんの腕の中に手酷く抱きすくめられていた。
「ごめん、ごめんな。シグマ。半年も迎えいけなくて。」
こんなユリウスさん、初めて見た。どんな時でも勇敢で人に勇気をくれる。そんなユリウスさんが……。
僕は自分の英雄を抱きしめた。
ツバキとコガネさん……という人に見られて少し照れくさい。僕は強く抱きしめるユリウスさんに声をかける。
「ユリウスさん。そろそろ離してほしいかもです。」
すると、ユリウスさんは僕から離れる。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったその顔はとても『英雄』には見えなかった。
「シグマくんだけズルいです! 私にも抱きついていいんですよ! ユリウスさん!」
コガネさんがそう言い、ユリウスさんに飛びつく。しかし、彼女の頭に拳が落ちる。コガネさんが沈む。
「空気を読め! 馬鹿!!」
ツバキが沈んだコガネさんに言葉を浴びせる。すると、ユリウスさんは立ち上がり言った。
「言いたいこと、聞きたいことたくさんあるんだ。でもまずは皆で飯を食おう。朝ご飯だ。俺の新しいパーティを紹介させてくれよ。」
僕は手を伸ばす彼の手をとり立ち上がった。
「はい!」




