3話 盲信は一度それを疑う
視界がぼやけ始める。肌を刺す冷たい風。あんなにも臭かった血の匂いはもう感じない。
ここはどこだろう。僕は立っている。そう、歩いているはずだ。なのに街が一向に見えてこない。どうして? 地図の通りならそろそろ着くはずなのに。
もう限界だ。
その瞬間、ぼやけた光が遠くでチラつく。
灯り? パンドラか? やっと着いたのか。
あと少しだ。
僕は沈む地面を強く踏みしめて前へ進んだ。
遠くで光る灯りがどんどん明るく、大きくなっていく。盗賊や冒険者の夜営なんかの光じゃない。巨大な光の正体は、他ならぬ街の灯りだった。
巨大な城壁があるのが分かる。入り口はどこだろう。早くユリウスさんに会いたい。
「おい。そこのお前何をしている?」
背後から声をかけられ振り向く。2つ人影があった。
声が出ない。話す気力すら残ってない。だけど聞かなければいけない。ここはパンドラなのか。ユリウスさんのことを。
「お前、まさか。」
人影が呟く。
「おい。回復術士を連れてこい。奴は冒険者だ。」
人影がそう言うと、一人の足音が遠ざかっていった。
「まさかソロでこの砂漠を? 運のいい奴だ。」
人影がそう呟き、こちらへ手を伸ばしてくるのが分かる。
敵意はない。そう思った。魔法の反応はない。第一僕に避ける気力など残っていなかった。
「大丈夫か、お前。少し待ってろ。すぐに回復術士が来る。」
体が言うことを聞かない。話をしようと口を開こうとしても動かない。だけど僕は聞かなきゃいけないんだ。
「……ここは、どこ……ですか?」
精一杯に出した声。しかし、人影から返事はない。居なくなったわけじゃない。すぐそこにいるのに。
「この匂い。サンドワームの血を浴びたのか?」
それがなんだと言うんだ。早く答えろ。
「ここは迷宮都市パンドラだ。そんなことよりも致死量の麻痺毒を浴びてる。喋れないのも当然だ。」
なんだ。一体何を言ってる。サンドワームの血が何だってんだ。
「いつ血を浴びた? サンドワームの血はゆっくり蝕んでいく猛毒を持ってる。早く治療するぞ。」
そう言い、人影は僕の体を抱え上げた。今自分がどんな状況なのかは分からない。でもそれは紛れもない事実だった。
嘘だろ。僕を持ち上げた? しかも軽々と……。何者だ?
こうして光だけを判別できる視界が移動していく。薄暗かった場所から一面光で照らされる。活気溢れる男たちの声が聞こえる。
僕は静かに重い瞼を閉じた。
——目を覚ますと木造の天井が視界に入る。
ここはどこだろうか。周囲を見渡すと閉じられたカーテンで覆われていた。奥からは誰かの話す声が聞こえてくる。
医療室か。確か、誰かと話してパンドラに着いたはずだが。ここはパンドラの医療室か?
体を起こしカーテンを開ける。そこには白衣を着た女性と鎧を着た男がいた。
「あら、起きたの?」
女性はそう言うと男に視線を向ける。
「ごめんね。その話はまた今度。」
男は不服そうに僕を睨み部屋を出ていった。
「さて、退屈な話を終わらせてくれてありがとう。どう? 体調のほうは。」
「はい。大丈夫そうです。」
僕は大きく深呼吸をしてそう言った。
「そう。良かったわね。一日以上毒に侵されていたら死んでたわよ。」
女性の話などどうでも良かった。それよりも。
「ここはパンドラなんですよね。ユリウスと言う男の冒険者を知りませんか?」
すると、女性は眉をひそめた。
「あなた死にかけたのよ? 一番最初がそれ?」
僕が死にかけた? そんなことはどうでもいい。生きてるんだ。
そんなことよりやっとユリウスさんに会えるかもしれない!
「質問に答えてください。ユリウスさんを知りませんか?」
女性は大きくため息を漏らした。
「知らないわよ。ここは迷宮都市よ? どんだけ人が住んでると思ってるの? 冒険者をやってるならギルドか酒場で張り込みでもしたらいいじゃない。」
僕は自然と歩き出していた。
「ち、ちょっとどこに行くの? 冗談よ、馬鹿ね。今じゃないでしょ。ちゃんと安静にしてなさいよ。」
女性の声を無視して部屋のドアノブに手をかける。
「助けてくださりありがとうございます。それでは。」
そう言い、僕は部屋をあとにした。
「あの、すいません。ギルドと酒場の場所を教えていただけませんか?」
木造の建物から出て、僕は鎧を纏った恰幅の良い男に尋ねた。
「ギルドと酒場? お前も冒険者か。この街に来るのは初めてか? いいぜ、だがギルドは営業時間外だ。場所を教えるのはいいが今日はもう依頼は受けれないぜ?」
見た目より親切そうな人だ。
「はい。大丈夫です。よろしくお願いします。」
恰幅の良い男は高笑いをする。
「おいおい、そんな畏まるなよ。俺たち、冒険者はもう兄弟だろ?」
そうして連れられたのは、もう灯りの消えた木造の建物。総括ギルドだった。
「ほれ、もう着いたぜ。近ぇだろ。まあこの都市の名物と結びつくものだからな。」
そう言い、男は都市の中心の巨大な骨組みを見つめた。
「さて、ここでやることもねぇし酒場に行くか。」
彼と話をしながらしばらく歩いていると賑やかな街並みに入る。
「着いたぞ。ここら辺の店はほとんど酒場だぜ。」
僕は周辺も見渡す。男も女もほとんどが冒険者のようだ。ユリウスさんの姿はない。
「どうだ、この巡り合わせに祝福でも。」
男がそう言った瞬間だった。僕の目にはある男の姿が映った。
「は?」
信じられない光景だった。
でも、おかしい。あんなの……違う。
そこには、泥酔して真っ赤な顔をし、二人の派手な女性に両脇を抱えられながら、だらしなく笑う男の姿があった。
——それは憧れ追いかけてきた、僕の英雄、ユリウスの姿だった。




