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アリシアの仮初の結婚  作者: 砂臥 環


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5/7

⑤それは唐突で、今更なこと


──アリシアが怪我をして、レオンに侯爵邸に連れてこられる数時間前。


使用人達が夕餉の支度に取り掛かる中、クロードを含む伯爵家の全員が応接間に集まっていた。


「アリシア、お前とクロード君の婚約を解消する」

「お姉様、ごめんなさい……私、クロード様を好きになってしまったの……」


父が本題を話し、妹のセリーナが被せ気味に口を開く。

清楚な見た目とおっとりとした口調でありながら、それでいて他人の話をよく遮る妹だが、彼女の言葉のおかげでアリシアは大体を察した。


甘やかされて育った妹のセリーナには、なかなか婚約者ができずにいた。


セリーナは見目も態度もとても愛らしい。

だがその精神性は我儘な子供であり、おっとりとしている()なだけで、あくまでも自分ファースト。

それでも爵位などにこだわりはないし、両親もそれを許している。平民でも彼女を『可愛い』と思い、甘やかしてくれるような男性ならば問題はないのだが、夢見がちなセリーナの選別は厳しく相手が決まらないのだ。


「で、ですがもう結婚まで半年を切って……! それに子爵家にはなんと」


察しはしたが、全く納得はいかない。

あまりに寝耳に水だ。


セリーナが見目麗しく優しい言葉を掛けてくれるクロードを気に入っているのは知っていたが、彼女自身、婚約者探しには積極的だったのだ。

忙しかったのもあるが、まさかこの後に及んでこんなことになろうとは、流石に思っていなかった。


「お姉様、代わってくださいませ……私の方がクロード様を愛していますわ! そうやって、いきなり家のことを持ち出すお姉様よりも!」

「……セリーナ、でも」


子爵は納得しないだろう……

だが、父からは『解消』と……


他人事ならすぐ行き着く答えだが、自分のこととなるとあまりに無茶苦茶だからか、なかなか出てこない。

アリシアに答えを齎したのは、父だった。


「クロード君の婿入りは変わらない」

「え……」

「この家はセリーナが継ぐ」

「で、ですがセリーナはなにも」

「ああ。 だがほら……アリシアはデビュタントの夜会もまだだったろう? 社交界に出る暇もなかったし」

「それは……!」


アリシアは確かに社交界に出ていない。

しかしそれは、


『まだ私達も若い。 王都の社交は我等に任せ、お前は継嗣として領のことを学びなさい』

『アリシアは無理をしがちだもの、少し私達にも頑張らせて頂戴』


──そう、両親が言ったからではなかったか。


社交界デビューの者(デビュタント)として陛下の前に挨拶に行く夜会にもまだ参加していないのは、


『ひとりじゃ不安なの……お願い、お姉様も私のデビュタントの歳まで待って』


──という2歳下のセリーナの願いを叶えるように、と皆が押し付けてきたからではなかったか。


「アリシアもセリーナも私達の大事な娘だ、手放さないで済む(・・・・・・・・)ならそれが最善だと……」

「……それ、は……私には他に嫁ぐことも、許してくださらないと……?」

「まあ! それは誤解だわアリシア! 貴女には領地でふたりを支えて欲しい、と言っているだけよ。 相応しい相手はきちんと探すわ! でも、ほら……その、もう貴女も18でしょう? 婿入りでもなくなったし……社交界にも……」


アリシアは顔面蒼白で。

これまでまるで悪気のなかった(・・・・・・・・・・)両親も『流石にまずい』と感じ始めていた。


「あの──」


そこにクロードが静かに口を挟む。


「アリシアが混乱するのも当然です。 少し、ふたりで話をさせて頂けませんか?」


それは提案のかたちをとってはいたが、ささやかな非難と有無を言わさない圧があった。

両親は不安気なセリーナを宥めつつ、彼の意に従い退出する。


「アリシア……すまない」

「……クロード、セリーナとは」

「確かにセリーナに頼まれて街へ連れて歩いたりはしていたが、まさかこんなことになるだなんて……」


続くはずの『思ってなかった』という暗黙の了解の言葉が、真実かどうかはわからない。

アリシアは忙しかったし、セリーナはわざわざそんな姉に、マウントを取るような報告などはしなかった。


「私も抵抗はしたんだが、まだ婿ですらない自分に決定権はない」

「……」


それは、それなりに事実だろう。

どこまで抵抗したのか──いや、そもそも抵抗などしたのかも、わからないけれど。


「セリーナでは……いや、私ひとりでは不安だ。 君が必要なんだ、アリシア」

「私に……領地で誰かもわからない男性と結婚し、補佐をしろと……?」


元々その予定だったのなら。

或いは自分にだけ婚約者が決まらなかったのならばまだ、貴族令嬢として受け入れただろう。

しかし継嗣として与えられた責務と矜持の代わりに、色々なものを犠牲にしてきたのだ。

それを一番よく理解し、支えてくれたのがクロードだったはずだ。


「アリシア……辛いのはわかる、私だって君との未来を思い描いていたんだ。 なのに、急にこんな……」

「クロード……」

「頼むアリシア、私が婿として落ち着くまででいい……傍で支えてくれないか。 私にも伯爵家にも、君が必要なんだ。 酷なことを強いているのはわかっている……」


クロードはそっと立ち上がり、アリシアの横に浅く腰を掛け、手を握る。


「本当は他の誰かと結婚なんてしたくないし、して欲しくない」

「……」


切なげにそう囁く声が、耳朶に響く。

握る掌が熱い。


いつも彼は皆に優しく紳士的ではあったものの、必ずアリシアを優先した。

それは相手がセリーナであっても。

アリシアのいいところ讃え、努力には褒め、我慢は労ってくれた。


ただ……クロードの優しい言葉ではなく、


『俺、あいつ嫌いだ』


何故か今、鮮明に。

初めて『婚約者』だと紹介した際の、かつてのレオン少年のクロードに対する感想が脳内に過ぎっていた。


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クロード、糞だな((ヾ(≧皿≦メ)ノ))
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