③クロード
喫茶店などでお茶をご馳走してくれる、爽やかな紳士。
そんなクロードをメイド達はすぐに信用したようで、彼女達の口は軽かった。
「お願いです、彼女に会うのに協力して頂けませんか?」
とはいえ流石にその願いはすぐに受けてはくれず、「それは……」「ねえ……」と気まずそうに顔を見合わせる。
しかし、構わず彼は続ける。
「……本当は、彼女は私と結婚するはずだったのです」
「「えぇっ?!」」
これは事実だ。
こんなことになってしまったが、今もクロードはアリシアを愛している。
また、愛されている自信もあった。
アリシアの結婚には伯爵家一同が驚き動揺したが、その最たる者はクロード──しかし同時に、最も冷静なのも彼だった。
「推測ですが、彼女と幼馴染みのレオン様は結婚前に傷を負ってしまったアリシアを慮り、落ち着くまで保護するつもりで娶ったのでは……と」
彼の推測は、『白い結婚』と気付いているメイド達にとって実に説得力があった。
「私は彼女に傷があっても構わないのです……! 今ならまだ、婚姻を無効にできる」
『白い結婚』──肉体関係を伴わない結婚。
その昔は、政略婚などで幼い娘を妻として迎えなければならなかった際の保護契約として使われていた。
結婚の許可年齢が上がった現在、この国でのそれは個人の自由意思でしかない。
しかし結婚に於いて妻の立場を盤石とし、血を繋ぐという重要な責務であるそれを行わないものであるため、『三年継続で妻の判断による離縁が可能』などのいくつかが、法により定められている。
『夫婦が離れなければならないような特別な事情のない白い結婚の場合、婚姻してから一ヶ月以内であれば婚姻を無効にすることができる』
これも、そのひとつ。
クロードは沈痛な面持ちで言う。
「お話を聞いた限り、レオン様は責任感から後に引けないだけなのではないかと。 今は頑なになっているにせよ、このままではふたりとも後悔するに違いありません……」
聞いているメイド達も、レオンの態度からそれは正しいように思えた。
「『伯爵家に連れ出して欲しい』といった、無理な頼みをする気はありません……ただ、会わせて頂けるだけでいいのです……!」
ささやかな悪意はあれど、そもそも関わりのないアリシアに対しての感情など、メイド達にとってそう大したものでもない。その殆どが下世話な興味関心といっていいだろう。
新しい刺激的な情報に、一気にその感情はふたりへの同情に傾いた。
「……どうする? なんだかお気の毒だわ」
「会わせるだけなら大丈夫なのではないかしら……?」
「そうよね、レオン様にもその方が……」
こうして協力を取り付けたクロード。
そして──
「失礼ですが、どちら様でしょう?」
「クロード・ヴェルナーと申します。 ハートウェル伯爵の名代として、アリシア様のお見舞いに参りました」
彼はメイドの手引きにより裏門から侯爵邸敷地内に入り込み、侍女達の目の届きにくいタイミングを見計らい正面玄関に回ると、堂々と『見舞い』に訪れたのである。
「しょ、少々お待ちを……」
「なにをしているの?」
「こちらの方が、アリシア様のお見舞いに、と……」
「そう、じゃあ私がご案内するわ」
「えっでも」
「門を通されたのよ、大丈夫でしょう」
別のメイドが対応する中、上に確認される前に手引きしたメイドが駆け付け、何食わぬ顔でアリシアのいる主寝室まで案内する。
「アリシア様、ハートウェル伯爵様の名代として、クロード・ヴェルナー様がお見舞いにいらしています」
「「!」」
主寝室には当然侍女達がおり、特にマチルダはこの突然の出来事に、驚きよりも怒りに震えている。
手引きした者の存在を鑑みれば、責任者である彼女がそうなるのも当然だろう。
「マチルダ」
「申し訳ございません、すぐに対応を──」
「いいのよ。 なにか上着を……お通しして。 あと──」
アリシアの内心は穏やかとは言えなかったが、余裕のある素振りでマチルダに微笑み掛け、あることをお願いした。
「どうぞ」
少し待たされた後、扉が開く。
「アリシア……!」
部屋の奥の大きなベッド。
クロードはそれが主寝室の物であることを少なからず不快に思いながら、はやる気持ちを抑えてアリシアのいるそこへ歩を進める。
「心配したよ。 意外と元気そうで良かった」
顔に傷が見当たらないことには安堵した。
あったとしても構わない、というのは本心だけれど、やはりない方がいい。
(しかし思った以上に丁重に扱われているな……)
予想はしていたが、侍女の目がある。
今のアリシアは他人の妻……あまりあからさまに口説くような真似はできない。
「怪我の上、結婚だなんて。 慣れない環境で辛い思いをしているのだろう? せめて静養はこちらでしたらどう? 皆、君のことが心配なんだ」
「……」
(どうしたんだ……反応が悪いな)
なんとか『見舞い』に成功したクロードだったが、上着を羽織りベッドに座るアリシアは無言で、反応が薄い。
「勿論、一番心配してるのは私だ……君がいなくなって、より一層君の大切さに気付かされた」
こちらを見ているはずの硝子玉のような瞳にかつての温度はなく、クロードは焦った。
「君がいないと寂しいんだ……傍にいて欲しい。 不安なのはわかるよ、でもきっと私がどうにかしてみせる。 ね、だから一緒に帰ろう?」
控えている侍女の視線を気にしながらクロードはギリギリ許されそうな表現でそう囁き、アリシアに手を伸ばした。




