②伯爵家
「アリシア様、お食事をお持ちしました」
「ありがとう。 レオンは?」
「レオン様は暫く戻られないそうです」
「……マチルダ、私はどうしたらいいかしら」
アリシアは言いつけ通り部屋から出なかったが、なんとなく外の様子は想像がついた。
まだレオンが管理を任されたばかりの侯爵邸で、予定のなかった突然の妻。
教育が行き届いているとは思えない。
しかもおそらくは、妻がくるまでに必要な教育や統制を任せるはずの者達が、アリシアの面倒を見てしまっているのだ。
(せめてかたちだけでも女主人であることを示し、マチルダ達を本来の職務に戻すべきよね……)
冷静でなかったのもあり婚姻届にサインをしてしまったが、今の状況はレオンのためにも良くないだろう。
「まずはご療養を。 レオン様には回復なさるまでなにもさせないよう、仰せつかっております」
「私はもう平気よ?」
実際、アリシアの怪我はレオンが責任を取る程のものではないのだ。
それを申し訳なく思うだけに、せめてなにかしたかった。
(少し頭はぼうっとするけれど……)
それも薬の影響だろうから、飲むのをやめたら問題はないはずだ。
「申し訳ございません。 私共はアリシア様の侍女ではありますが、回復の判断はレオン様とハーバート先生に従うよう命じられております」
しかしマチルダは謝罪し、困ったように微笑むのみ。
「そう……ごめんなさい、無理を言って」
「いいえ。 療養中は手持ち無沙汰ですものね。 なにか手慰みになるものをお持ち致しますわ」
「ありがとう」
結局『具合の悪いフリをしておけ』というレオンの指示に従うよりなく、アリシアは暫くベッドの上で過ごした。
マチルダは刺繍や本の用意をしてくれたが、食事を摂り横になるとどうしても眠ってしまう。
薬は一週間分出ているらしく、侍女が食後に持ってくる。飲まないようにしようと思っていたが、飲まないわけにはいかない。
(なにもしないだなんて……これでは『お飾りの妻』どころか『お荷物の妻』だわ)
度々漠然とした不満に苛まれながらも、薬のせいか、眠れないということはなかった。
数日後。
暫く家を開けていたレオンが邸宅に戻ってきた。
「お前はなにをしているんだ!」
「でも、レオン……」
アリシアは、外部にやらせても問題のないようなことを選んで貰い、部屋で手伝っていた。
「言っただろう、お前にここの仕事をやらせるつもりはない、と!」
「部屋からは出ていないし、いいじゃないの」
「そういうことじゃない!」
「レオン様、申し訳ございません……私共が許可を……手伝って頂けるなら有難いですし……なにもないのも却って──」
主寝室のアリシアの元に行くなり、激昂したレオン。執事とメイド長の、それを宥める声。
気になって主寝室の様子を探っていたメイドのひとりが、それを聞いていた。
「やっぱりあの方は一時の妻なのよ」
アリシアの侍女に昇格した古参のメイドが茶を運んで来る前に、素早く身を隠した彼女によってその話が若いメイド達の間に広がった。
だが直接的な関わりがない彼女達が、アリシアになにかする、というようなことはなかった。
ある男が関わってくるまでは。
「伯爵家では皆、心配しているのです。 だがレオン様は見舞いの許可もくださらない」
彼はハートウェル伯爵家に婿として入る予定のヴェルナー子爵家次男、クロード。
「まあ……そうなのですね」
クロードの話にそう相槌を打つのは侯爵家のメイド。
まずメイドと繋がりを持つことにしたクロードは、侯爵家の出入りを確認し、それなりの家の出でありそうな娘に声を掛けたのだ。
──怪我をした責任を取る、と突然手紙で告げられたアリシアの結婚。
「まあいいではないか、相手は侯爵家だ」
伯爵は家族の手前苦々しい顔をしたものの、満更でもないのを隠しきれていない。
実際、相手は格上だ。
本人不在で、報告だけの婚姻に伯爵家には動揺が走ったが、アリシアは既に成人している。正規の手続きを取られている以上訴えても覆らないのは目に見えていた。
タウンハウスは近いものの、『静養中の為会えない』と言われてしまえば乱暴に押し掛けることもできない。
「お姉様、そんなに容態がお悪いの?」
「結婚とまでなったんだ、そうなのだろう」
「そこまでではなくとも、残るような傷を負った、とかかもしれません。 特に、小さくとも顔とかなら……」
「そうだな……」
アリシアの母である伯爵夫人は顔を覆い、泣き崩れた。
「きっと不安に違いないわ! 私達はあの子がどんな顔でも愛しているのに……!」
「お母様……」
それに下の娘のセリーナがそっと寄り添う。
「それに、あの子が侯爵夫人なんて……きっと無理をしてしまうのではないかしら? 責任感の強い子だもの……」
「だが面会を要請しても『静養中』と断られる……仕方なかろう」
「静養中なら尚更あちらに置いておくのはよくないわ。 ウチでの方が気を使わずに済むのに……きっと断れないのよ、お姉様はお優しいから。 酷い目に遭っていないといいのだけれど……お父様、クロード様、どうにかならない?」
父は婿になる優秀な男に目線で助けを求める。
「……とりあえず、様子を見てくるくらいなら。 なんとかしてみせます」
アリシアを心配しているクロードはどのみち様子を探るべく動く気でいたが、この流れは幸いだった。ひとりの任意での行動と、伯爵家の意向で動くのではわけが違う。
クロードはレオンほど目立つ見目ではないが整った顔立ちで、物腰も柔らかくスラリとした好青年。
そんな彼が伯爵の代理であることを示し『アリシアが心配で』と言えば、メイドから様子を聞くくらいはさほど難しくもなかった。
「怪我の状態は私達にもよくわからないのです。 ただ、若奥様は臥せっていることが多く、お部屋からお出になりませんのであまりご容態はよろしくないのでは、と」
「そうですか……」
(下級メイドではなさそうだが、随分簡単に喋る……これならば)
「今日はありがとう。 これはお礼です」
「えっ、そんな」
「またお話を聞かせて頂いても? 是非、他の方も一緒に」
次の約束を取り付けたクロードは、その後も同情を引きながら情報を引き出し、把握していった。




