クロードの仮初の婚約⑦
セリーナが泣きやみ話し出すのを待ちながら、『この娘は今なにを考えているのだろう』とボンヤリ眺める。
察してやる気はない、という気持ちの中には、自身に対する疑念もある。
結局、今まで見ていたモノは表層に過ぎず、わかった気になっていただけで、その実なにもわかってはいなかった。
アリシアだけでなく、伯爵夫妻のことも、レオンのことも。
(そんなつもりはなかったが……軽んじていたんだろうな)
その自覚は緩やかで、自身のひたむきな努力や必死さに邪魔をされ鈍くなるけれど、今はもう認識できる。
『小さな箱庭のお花畑に住むお姫様』のように見えていたセリーナにも、きっと全く違う部分があるのだろう。
(実際、こんな泣き方をされるとは思わなかったしなぁ)
泣かれること自体は想像できたが、もっとこう……許されるためのあざとい感じというか。庇護欲を唆るような綺麗な泣き方をするものだと思っていた。
しかし目の前のセリーナの泣き方は、庇護欲はともかくお世辞にも『綺麗 』とは言えない。
今はテーブルに突っ伏した腕で隠しているので顔は見えないが、しゃくりあげる声と鼻を啜る音だけはしっかり聞こえてくる。本当に子供のような、齢16の女子がするにはかなりみっともない泣き方である。
「クロード様……!」
「はい」
「私、これでも色々考えたんですのよ」
ようやく顔を上げたセリーナの顔も、まあ年頃の女の子として、見られたモノではなかった。
しかもキッと睨みつけるようにこちらに向けた目は、爛々と輝いている。怖い……と言えば怖い。暗闇の猫くらいには。
その上──
「私、修道院に参りますわ!」
これだ。
予想外過ぎて不覚にもクロードは茶を吹いて咽せ、セリーナに心配された後で爆笑してしまった。
「ず随分……ふふ、追い詰められていたのですね……」
「笑わないでくださいませ!」
曰く、『ヴェルナー子爵家はそもそも親戚筋である為、クロードを養子にし継がせるのは不自然ではない』『叔母の嫁いだ伯爵家に、まだ婚約していない同じ年頃の娘がいる』などからそんなことを考えたらしかった。
(意外と本当に色々考えてる……)
クロードは少し感心した。
「私は賛成も反対もしませんが、修道院の生活の方が辛いのでは、とは思います。 セリーナ嬢はもう頑張れなさそうなのですか?」
「……」
「黙っていても私は構いません。 ですがもしなにか話したいのなら、おふたりがお戻りになる前の方がいいのではないでしょうか」
「……やっぱり怒っているのですね?」
「いや……」
『またそれか』と思ったものの、今度は無意味な問答の繰り返しにはならず、セリーナは話し出した。
「いいえ、当然ですわ。 私の我儘でお姉様との婚約が解消になったのだもの」
「それは……」
まあ、それはそう。
事実、当初のクロードはセリーナに怒ってもいた。
「否定はしませんが、それはきっかけに過ぎません。 婚約は家同士の契約であり、父も伯爵様もお認めになった……そして私もサインをした。 セリーナ嬢の責任ではない」
結局のところ、子供の我儘を大人が皆して受け入れてしまったのが一番おかしいのだ。
「でも……っ、クロード様はお姉様を愛していたのでしょう?!」
「……そう見えますか?」
「え……ええ……そう見えます……」
クロードの返しに、セリーナは『わかっていて自分を求めたのか』と責められていると感じたのか、バツの悪そうな顔で俯く。
弱まっていく語気のまま、最後に小さな声で「ごめんなさい」と告げる彼女を眺めながら、クロードは少し救われた気分になった。
(そうか、愛していたのか)
今はどういった人だったのかもよくわからないアリシアに対し、以前あったその自信はもうスッカリ消えてしまっていた。
気持ち自体はあるが、それはただの勝手な思い込みで。無くなって改めて感じた、大切だった時間や交わしてきた言葉も、ふたりの間にあったと思っていたなにもかもが、都合よく美化した別のナニカだったのでは──そう疑っていた。
だが妹のセリーナがそう言うのなら、きっとそうだったのだろう。
「私……そんなつもりじゃなかった。 今更言い訳にしかならないのはわかっていますが」
セリーナは我儘を言ったが、通すつもりではなかったらしい。むしろ、通るだなんて思っていなかったのだ。
──クロードの思った通り、セリーナは男性に劣情を向けられるのが嫌なのだそう。
ただ、それは思っていたような『幼い潔癖さ故に理想がとても高い』という理由ではないようだった。
「やっぱり……気付いていてくださったのですね」
今日初めて、セリーナは微笑む。
これまで全く彼女からの恋情など感じたことがなかったクロードは、勘違いかと思うような艶やかな熱に怯んだ。
「ですが貴女が男性を殊更苦手なようには……」
「当たり前ではないですか」
艶やかだった微笑みは歪み、自嘲のようなモノに変わる。
「そう見えないように努力していましたから。 だって私の未来はそこにしかないでしょう……?」
「──」
「婚約者だって積極的に探したわ。 ふたりで男性と会う苦痛な時間でも、なるべく会話を盛り上げようとすらしたのよ」
「でも……駄目だった」と続けるセリーナの表情は見たこともないほど暗い。
それはクロードに悪い想像をさせるには充分だった。
「──クロード様への気持ちも嘘じゃない。 だってお父様以外の男性で、触れられて嫌じゃないのは唯一貴方だけだもの」
『話が合わない』という今までの断りの文言を鵜呑みにしていたが、実際はエスコートの拒否が問題だったようだ。
おそらく相手も『過去になにかあったのでは』と思い、報告を控えたのではないか。
「だから、あんなことを……でも本当に奪おうと思っていたワケじゃないの……」
「……セリーナ嬢」
また突っ伏して泣き出してしまったセリーナに、クロードはそれ以上なにも聞けなかった。
セリーナに咎はあるが、責任はやはり自分達にある。
他者を軽んじていた結果、気付けたかもしれなかった色々を見過ごしてきたのだ。
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