クロードの仮初の婚約⑥
アリシアの社交界デビューは上手くいったらしく、それに安堵し感謝しながらも皆複雑な気持ちを持たずにはいられなかった。
継嗣だった筈のアリシアの、突然のレオンとの結婚と侯爵家からの社交界デビュー。
グランシール家は上手く美談として対応してくれたようで、表立ってハートウェル家を悪く言う者はいない。
だが特に二家の交流する姿が見られないことから、緩やかに伯爵家の評判は落ちている。
それでも特別になにかをされなかったのは幸い。
少し遅れてしまったものの伯爵が冷静になった後は、『不要』とされていた持参金を用意し侯爵夫妻に挨拶に行くなど、伯爵家として娘であるアリシアを慮る対応を見せたことも功を奏したようだった。
伯爵夫妻は無意味にパーティーや夜会には参加しなくなったが、そのぶん親類に任せきりにしていた領地に足を運ぶようになった。
その中で伯爵はクロードに、アリシアと共に計画していた新規事業計画を精査し、改めて進めるようにと要請した。
そのこともあってクロードは伯爵と共にサロンに出入りするようになり、また夫人は茶会や美術館などの催しに参加することが増えている。
それぞれ思うところはあるが、前に進んでいた。
──ひとり、セリーナ以外は。
夫人の言葉が効いたらしく、セリーナも暫くは真面目に授業を受けていたのだが、アリシアの社交界デビュー後からはあからさまにやる気を失っていた。
セリーナは殊更我儘というわけではないし、そういう場合でも他人に察して貰いたい、というタイプの娘だ。なので元々強く反抗したり、無理矢理自分の意見を通そうとする方ではない。
だからこそ、事の始まりである『婚約者変更』という我儘が通ってしまったとも言う。
従うものの不貞腐れた様子を隠さないセリーナに、教師も夫人も逆に手を焼いていた。
そんなある日のこと。
「クロード様……」
セリーナが執務中のクロードのところにやって来た。
「その、少し気晴らしにお付き合い頂けませんか?」
「……ええ、構いませんよ」
『少し気晴らし』と言った通り、誘われたのは邸内の庭園。
今、夫妻は不在。
きっとこの隙に話したいことがあるのだ。
そう思い気を利かせたクロードは、執務のキリの悪さを理由に少しセリーナを待たせ、その間に『簡単なものでいいから、四阿に茶と菓子を』とメイドに頼んで用意して貰うことにした。
滅多に主張しないセリーナが、アリシアとの言い合いの流れだとしても『愛している』とまで言った末の婚約解消。
だが、未だ正式な変更……クロードとセリーナの婚約は成されていない。夫妻はそれを強制しなかったし、不貞腐れ続けるセリーナとの交流すら特に勧めなかった。
以前はもう少し頻繁に声を掛けてきたセリーナもまた、あれから今までクロードに近付くようなこともなく、むしろ避けているような様子ですらある。
少し前までのクロードはそれを都合がいいと思っていたし、更に前のクロードなら保身のために自ら優しく尋ねていただろう。
今はどちらでもない。
ただ──なにかを話してくれるなら、聞いてみたいとは思う。
彼は侯爵家のメイド達から話を聞き出そうとした時のようには振る舞わず、特になにも言わずに歩いた。
それは特に冷たい態度でもなく、かといって必要以上に気に掛けるわけでもなく。
まさに気晴らしの散歩であるかのように。
「……クロード様?」
「はい」
「怒ってらっしゃるのですか」
「いいえ」
「なら……呆れてらっしゃる?」
「いいえ」
しかしセリーナは、クロードのそんな態度に焦れたようだった。
「なら──」
「なんだか私の気持ち当てクイズのようですね、セリーナ嬢?」
冷たくする気はないが、生憎以前のように察してあげる気もない。
聞いてみたいという気持ちは嘘ではないものの、セリーナが喋らないなら特になにも聞くつもりもなかった。
「私が今、なにを思っているかお知りになりたいなら『いい天気だな』が正解ですよ」
「ば、馬鹿にしているんですか?!」
「なんでそうなるんです……あ、今は少し呆れています」
「……」
そう言うとクロードはまたゆっくり歩き出した。暫く無言で歩く中、クロードの斜め後ろを歩くセリーナがポツリと言う。
「だってクロード様……前と違うわ」
「それは……そうですね」
「……」
「…………セリーナ嬢?」
足音が着いてこなくなって振り向くと、セリーナは少し離れたところでしゃがみ込んでいる。近付くとぐずぐずと鼻を鳴らす音。
(まるで子供だな……)
そう呆れた後で、アリシアがいなくなり探した時に、似たことを感じて苛立ったのを思い出す。
「セリーナ嬢、スカートが汚れますよ」
鼻を鳴らしながら「ふぐぅ……」とくぐもった声を出すセリーナの腕を、少し乱暴かと思いながらも引っ張って立たせ、四阿まで歩かせる。
『なんだか自分も子供のようだ』とクロードは感じ、何故かアリシアと出会ったばかりの頃の彼女とレオンのことを考えていた。
(あの頃よりもう少し前には、ふたりのこんな姿もあったのかもしれないな)
もう彼女は小さくも一端の淑女だったけれど、幼馴染みのレオンを紹介して不躾な態度を取った彼に怒った際、年相応の幼さを見せていた。
『立場が違う君達は、もっと話し合うべきだったんだろう……今更だがね』
(本当に今更だ)
もうクロードにアリシアを取り戻そうという気持ちはなかったけれど、今も頻繁に彼女との日々を思い出す。
そんな中で、最近では『本当のアリシアはどんな人で、なにを思いどう感じていたのだろう』と思いを馳せることが増えていた。
立場の違いだけではなく、自分が思っているほど多分アリシアを知りはしなかった。
そのことにようやく気付いて。




