夏休みのみかん畑
美久とはすれ違ってしまったが、祖母から孫の思い出話を聞かせてもらえたのは貴重な経験だった。
確かに美久は、毎年夏休みには愛媛のおばあちゃん家に行く言うてたっけ。
母親に手を引かれ、うれしそうに。
帰ってくると、削りかまぼこやみかんのお菓子なんかをおみやげにもらった。
そうか、だからオレなんか知ってたんや。
削りかまぼこっていうものを。
さっきおばあちゃんが話してた時、なつかしいっていう感覚やったんや。
小学校の昼休み、階段でこっそり隠れて一緒に食べた。
おやつ内緒やでって。
「美久は昔から、夕暮れのみかん畑が好きやって。夏休みの絵日記に描いたり、絵画コンクールに出して入賞したりしてた。絵とか芸術的なことが好きな子やなぁ」
「そういえば、そうや」
高田家の玄関には、美久の描いた絵がいっぱい飾られていたっけ。
「昨日もみかんの木の手入れ終わったあと、みかん畑でなんかのんびり夕日見とったよ」
美久のいた場所を教えてもらい、そこに座りぼんやり海を眺める。
彼女の気持ちと、シンクロできる気がした。
「きれいやなぁ…」
思わず、声が漏れるほどに。
佐田岬の方角に太陽は傾き、水平線を茜色に染めていく。
みかんのような鮮やかなオレンジ色の空と海。
波は穏やかに、水面はキラキラ、光のダンス。
「せとうちの海や…」
ずっとみてきた坂越の海。
合宿の東かがわからみた、いつもと反対の景色。
ここ八幡浜でみている海。
すべて、瀬戸内海の海。
今までは、美久とみた海。
今ここに、美久はいない。
昨日までここでどんな想いで、海をみていたのかな。
オレのこと少しは考えてくれてたんやろか…
ザワ…
答えるかのように、風が木々の間をそよぐ。
オレは北前船の船乗りなんかやない。
オレだって、風待ち港で、待ってるんや。
愛するひとが、戻ってくるのを。
美久の方が、良い風が来て何処かに行ってしまった。
せとうちを吹き抜ける風のように、この海を渡る。
「次はどこ行くん…?」
坂越に戻る前に寄り道って、どこに。
あー、おばあちゃん。何とか思い出してくれたらいいのに。
こうなったらとことん、追いかけていくよ。
坂越に帰る前に、美久と出会えるかどうか。
出会えたらきっと、うまくやり直せると思う。
願掛けのような、祈りのような。
だって、オレが先に坂越に戻りたない。
美久が、待っててくれるって言うたのにおれへんかったら、さみしいから。
ふたりで一緒に帰ろう、あの町に。
オレたちが生まれ育った、風待ちの港町に。
美久は、この景色が好きやと言うてた。
空と、海と、間にあるこのみかんの段々畑。
「八幡浜のみかんは、潮風と日当たり良い斜面で太陽の光をいっぱい浴びてるから、栄養もたっぷりでおいしいんよ」
そう教えてくれた、自慢のみかん。
おばあちゃんの畑で教わったノウハウを、赤穂のみかんにも取り入れたいって言うてた。
なんや
めっちゃ真剣やん
それなのにオレ、中途半端で無責任な考えでやんなとかえらそうなこと言うてもた。
…恥ずべき言動や。
美久は確かに甘えん坊で、我を出さんと空気読んでまわりについていくところあるけど、しっかり考えてるところは考えてる。
そんなこと、今更気づいても遅いな、オレ。
みかん畑で頭を抱え苦悩する大学生。
近過ぎて、みえなかったこともあるんだよね、きっと。
夕暮れも美しかったが、夜空もまた格別だった。
満点の星空。
遮る明かりがないので、普段見えないような僅かな光の星もみえる。
美久も今、何処かでみてるのか?
この星を。
昨日彼女がいた部屋でひとり、横になる。
この布団で美久が眠っていたのか…
抱きしめる姿は、ただの変態。
目を閉じると、美久の気配を感じられるよう。
翌朝。
一宿一飯のお礼にみかん畑でお手伝い。
昼間は暑いので、早朝の涼しい時分に作業を行う。
おばあちゃんに指示を受け、力仕事や手先を使うことを担う。
「そうや!思い出したわ」
「えっ?」
「美久、そこで話してたんやわ。坂越に帰る前に、友達とどこぞで会ってから瀬戸内市の牛窓に行くって。高校の時に…誰かと話した行ってみたいホテルがあるから泊まってみるって。コロナ禍の臨時休業明けで料金もだいぶ安いし、ホテルの人もお客さんが戻ってなくて大変ってネットで言ってたからって…」
「!?」
瀬戸内市…牛窓…
あれは、1年の時の弓道部の遠征合宿の帰りや。
邑久駅で美久がマップのおすすめで見つけた…
大珂はスマホを取り出し検索。
「あった!これやっ」
『ホテルリマーニ』
「おばあちゃん思い出してくれてありがとう!オレ美久迎えに行ってくるわっ」
「まあ!朝ごはんは?」
「食べてる時間ないっ」
「そしたらおにぎり持っていき」
急いで荷物をまとめると、美久祖母がラップにくるんだおにぎりを持たせてくれた。
「ありがとう」
バスの時間まで間があるので、タクシーを呼ぶ。
待ってる間、おばあちゃんが自分の馴れ初めを話してくれた。
「仏間の写真、うちの夫、美久のじいちゃんね。とっても大好きで、長年連れ添えたのがうれしくて…。でも十年ほど前に病気であっけなく、ね。その時思ったんよ。この世に、愛する人と一緒におれることほど幸せなことはないって。そして、本当に大好きな人と結ばれるまでは、神様の認定試験があるんや。絆の強いふたりこそ、それを試そうといろんな難題やすれ違いが起こるもんなんやよ」
「おばあちゃん…そうなん?」
コクッ、とうなづく。
「うちとおじいさんとは幼なじみやったけど、親の都合で離れ離れになったり、会いたくても会えんかったりふんだりけったりやった」
まるで今の自分たちみたいや
大珂、苦笑。
「若い頃は、いろいろあって当然。でもね、ほんとに大事なことに気づいたら、人は変わる。強くなる。ひとりじゃ大変なことも、一緒なら乗り越えられる。そう思える人を大事にしてね。美久を頼むわな」
「はい」
力強く答える。
「ありがとー、おばあちゃん!次は美久と一緒に来るな」
「楽しみにまっちょーよー」
タクシーに乗りこむ姿を見送り、祖母はずっと手を振り、見送った。
「…おじいさん、若いっていいですね。まるでうちとあなたの昔のことのよう」
空に昇った愛する人に告げる。
風は、どんなに時間が流れようとも、愛する人への想いを届けてくれる。




