決定打
楽しかった高校2年の夏休みも過ぎ、11月。
進路希望票を提出する時期となった。
美久はもちろん卒業後は家業を継ぐと書き、反対する者もいない。
大珂は相変わらず後輩たち、特に田原と出かけたりすることも多かった。
それでも今まで通り一緒に通学したり、おたがいの家を行き来はしていた。
次のテストを前に、大珂の部屋で勉強を教えてもらう美久。
何気に、進路希望票のことを聞いてみた。
「もう提出したん?大珂も家の仕事継ぐんやろ?」
何の疑いももたないまま軽く話す。
「そのことなんやけど…」
「ん?」
「オレ、東京の大学行きたいねん」
「えっ?」
ナニイッテンノ?
聞き慣れない言葉に、一瞬頭が真っ白になる。
「えっ、だって、ずっと牡蠣漁師なるんやって…」
「もちろんそのつもりや。でもこれからの水産業はカンとか経験だけでやってたってあかんと思うねん。ちゃんと水質とかいかに丈夫でうまい牡蠣を育てるか。それには知識もないと」
「だからって東京なんてそんな遠いところ…大学ならもっと近くにもあるんちゃう?兵庫県内にも」
「オレが行きたいところは日本で唯一海洋や水産業のことを本格的、より専門的に学べるとこやから、それ以外考えられへん」
「…お父さんとかなんて言うてんの?」
「めっちゃ反対してる。高い金かけてわざわざ東京なんかで勉強せんでもええって。いままでの自分のやり方を否定されてるようにも感じるんやろな。そういうつもりやないんやけど…」
「だったら…」
考え直しては、と言いたい言葉を飲みこんだ。
長いつきあいなので、意外とがんこというか、自分の意思は絶対曲げない人だとわかっているから。
「離れ離れだ…私たち」
シュン…
美久が肩を落とす。
生まれた時からずっと一緒で、一度たりとも離れたことがなかった。
この先もずっとこの町で側にいると思っていた。
ただの幼なじみからつきあい始めて一年。
まさか、目の前にこんな現実が突きつけられるなんて。
「そうや!いいこと考えた」
「えっ?」
「もしお父さんたちが受験許してくれて合格して大珂が東京で暮らすんなら、私も東京行く」
「はっ?何行って…東京行って何する気や」
「別に進学するつもりもないから、オシャレなカフェみたいなところでバイトしてもいいし。なんやったら一緒に暮らしてもいいんちゃう?」
美久はにこにこ笑いながらそう答えた。
バーンッ
ビクッ
突然テーブルの天板を叩く大珂に、美久は驚いてのけぞった。
「ふざけんなよっ。オレはそんな中途半端な気持ちで東京行きたいって言うてるんちゃうで!遊びに行くわけでもない、真剣に坂越や瀬戸内の水産業の未来を考えて、高度な専門的な事を学びたいんや!」
「じゃ、じゃあ、私はどうなるの?」
「別に遠距離でもいいやんか」
「そんなん嫌やっ、小さい時からずっと大珂が側にいてくれたのに。私だってふざけてるわけやない。好きだから、ただ一緒にいたいからっていう理由じゃダメなん?」
「うっとうしいんだよ!そういうのが」
えっ
激しく感情を爆発させる大珂をみるのは、これが初めてだった。
「昔っから美久はそうやん!自分で何も考えんとオレに委ねてばかりで。ずっと坂越おる言うたやん!オレが東京行くならじゃあついていくって、みかん農家継ぐいうんもそんな中途半端で無責任な気持ちなんか?そんなんで第一次産業なんてつとまれへん、やめちまえっ。自分の進む道くらい自分で決めろっ」
「…そんな…」
ハァハァ…
肩で息をし、はっと我にかえった大珂の目に映ったのは、目の前で大粒の涙を浮かべている彼女の姿だった。
「美久…」
「…帰る」
バタンッ
ドタドタドタドタ…
階下に響く足音。
「オレ…サイテーや…」
「おかえり、あれ美久早かったやん。大珂くんとこで勉強してたんじゃ…」
自宅に戻ると声をかける母親を退け、2階の自室に駆け込む。
うっとうしいんだよ
これ以上ないくらいの拒絶。
私…そんな風に思われてたなんて…
うっ、うっ…
うわぁぁぁぁぁぁ……
枕に顔をうずめ、感情のままに泣きわめく。
大きなケンカもしたことない
怒られたこともない
優しい幼なじみだと、彼氏だと思っていた。
信頼していた人からのキツイ言葉は、余計に胸に刺さる。
ウッ、クッ、ヒック…
泣いても泣いても、涙が止まることはなかった。
悲しみが止まらない。
今まで生きてきてこんなに辛いことはなかったというくらい。
この年頃の女子において、恋愛が占める割合は大きい。
うっとうしい
彼氏からのこの言葉は、自分のすべてを拒絶されたような気がした。
もしかしてちょっと前からなんとなくよそよそしかったのは、私のことが重くなってたのかな…
私のこと好きだから側にいてくれたんじゃなくて、ただお守りをしてる感じになってたのかもしれない。
昔から弟の世話をしてたみたいに
だから男同士のほうが楽しいって、1年生とか田原といることが増えたんかな…
どんどん、感情がネガティブになっていく。
ただ好きだから一緒に行きたいっていうのは、大珂にとっては迷惑でしかなかったんだ、きっと。
あれは、言ってはいけないひと言だったのかな…
夜になり、真っ暗な部屋。
夕食もとらず、絶望しかない暗がりで一晩中泣き続けた。




