心配
その頃若松家。
大珂と父親がまた揉めて言い合っている。
そんなことが増えていたためか、海斗は慣れてスルーしようとしていた。
仲裁役の母親は買い物に出かけている。
プルルルル…
とそこへ家電が鳴る。
今時固定電話にかかってくる電話も珍しいが、仕事の電話だとこちらが多いので、近くにいた海斗が出た。
「はいもしもし若松水産若松…あっ、高田のおばさん。えっ、何…あーもう父さん兄ちゃんうるさいっ、チョットだまって…えっ、美久姉が!?」
ガチャン
電話を切ると、大急ぎでケンカ勃発中のキッチンへ向かう。
「た、大変!兄ちゃん、美久ちゃんが!た、倒れて病院に運ばれたって…」
「えぇっ」
「と、とにかく早く病院行ってあげて!赤穂の総合病院だって」
「何があったん!? 事故か?なんかの病気か?」
「詳しいことはわかれへん、病院で聞いて」
「大珂送ったる、車乗れ!」
「頼むっ」
ブルルルル…
車のエンジンが響き、安全を確認しながらもダッシュで家を出ていった。
美久…何があったん?
弓道場出るときは普通通りだったのに…
涙目で祈るように助手席に座る息子に、父親はかける言葉もなかった。
「ほら、行ってき。ワシは後で向こうのおとやんに様子聞いてみるで」
「ああ、頼む」
バタン
車を降りると大珂は猛ダッシュで院内の救急受付へ。
教えられた処置室を確認し、ノックをして入る。
「美久!大丈夫か??」
「しっ」
傍らにいるのは、美久母だった。
「熱中症で倒れちゃったらしいの。この子最近なんか考えこんでて睡眠不足なうえに食欲も落ちちゃってて…。てっきり夏バテかと思ってたんやけどね。ロクに水分もとらず海岸沿いの遊歩道ランニングしてて倒れたって、あほやろ?今日みたいに日差しがなくても湿度が高い時は要注意って夕方のお天気コーナーでも言うてるのにね」
「それで容体は…」
「散歩してた人がすぐ見つけて救急車呼んでくれて、処置も早かったし症状も軽いから点滴終わったら帰っていいって」
「よかった…」
ほっとしたのと、無事を確認して大珂はへなへなとその場に崩れ落ちた。
「オレ、美久になんかあったらと思ったら…気が気じゃなくて…」
目に涙を浮かべる。
「ありがと、大珂くん。私事務手続きしてくるから、美久のこと見ててくれる?」
「…はい」
折りたたみ椅子に座り、そっと眠る彼女の手を握る。
「…ん…あれ、ここは…」
私、海岸沿いの遊歩道を走ってたはずなのに、なんで部屋の中に…
それにここは…見たことない…
白い天井とカーテン
あれ…
なんで隣に大珂がいるの…
私…夢でもみてるのかな…?
「美久…気がついた?」
やさしく、そして心から心配するような声。
「ここは…?私一体…」
「病院。美久、帰ってからランニングに出て、熱中症で倒れたらしい。こんな蒸し暑い日に何やってるん?ロクに食事も水分もとらずに走ってたらそら倒れるわ。無茶するなや」
「大珂…心配して来てくれたん?」
「当たり前やっ。心配で心配で…」
グスッ
そう言うと、泣きそうな顔を背けた。
「泣くほど心配してたの?大珂が泣いてる顔なんて幼稚園の時作ったおもちゃを落として壊した時くらいしか知らんわ」
ジーン…
憎まれ口を叩くも、うれしかった。
最近疑心暗鬼になっていた彼氏の気持ち、こんなにも自分のことを想ってくれていたのかと。
「おばさん、最近美久がなんかに悩んでたみたいって心配しとったで。なんか抱えてるんやったらオレに言うてや」
「もう大丈夫…走ったらモヤモヤふきとんだから」
「ホンマに?」
「うん」
田原に言われたことも、今はいい。
目の前の自分を心配して泣いている大珂の気持ちが、一番信じられるものだから。
あの子がどういう意図であんなこと言うてきたのかわかれへんけど…
ぼんやりと思いを巡らせる。
「大珂」
「ん?」
「ありがとう、大好きよ」
「…オレも。美久のこと大好きやから」
「つきあい始めた時から、変わってない?」
「変わってへんよ。むしろ、倒れたって聞いてすごい心配で、自分がこんなに美久のこと好きなんやって、あらためて気づいた」
周囲には幸い誰もいない。
美久母が戻ってくる前に、ふたりはそっと、長いキスをした。
おたがいの気持ちを再確認するかのように。
「…病院でしたらなんか人口呼吸されてるみたい」
「せやな、けどそれで美久が蘇生するならなんぼでもやるわ」
「心臓マッサージはやめてや。胸さわられるから」
「胸…どれくらい大きなったん?幼稚園の時の水着姿なんてまな板みたいにぺったんこやろ」
「ひゃ、そんなん教えたれへんっ」
「そんだけ返せたらもう元気やな」
もうっ
なんとなく感じていたわだかまりが、払拭されたようだった。




