反対側からの景色
「ちょっと海みに行けへん?」
就寝までの自由時間、大珂は美久を誘った。
「いいよ」
宿の前は瀬戸内海。歩いて数分のところに浜辺の公園がある。
人気もなく、誰にも邪魔されず話ができそうな場所だ。
いつもならたわいもない話をとりとめなくするのに、今日はおたがいに静か。
ザワ…
ザワ…
聞こえるのは波の音とそよぐ風の音。
「夜ご飯おいしかったね。やっぱ香川やからうどん出たね」
「うん」
話かけてはみても、手応えなし。
「もしかして体調悪いん?練習の時もなんかぼんやりしてたよね?」
「あれは…」
じっと美久を見つめる。
「な、何?」
「あのことが気になってて…」
「あのこと?」
「…昼間、美久が智之と親しげに話してたから」
「…!? なんやみてたん!? あれ」
「たまたまやけど…」
「………」
沈黙。
「なんか耳元で話したり、距離近かったし」
「…もしかして大珂、嫉妬してくれてんの?」
ドキッ
ド直球で聞かれると答えられない。
「あれは恋愛相談されてて。ともぴーまゆみのこと好きやねんて」
「えっ?」
そうなん?
てっきりオレは美久狙いなんやとばかり…
「まゆみもさ、ともぴーのこと好きやねんで。前に相談されたことあって。だからふたり両思いなんやなーって思ったらなんかうれしくなっちゃって」
「じゃあ顔赤らめてたのは…」
決して智之に心開いてるからじゃなくて、友達の恋模様にウキウキやったから…
「なーんだ、そうやったんか!よかったー!」
「よかった?」
手を挙げてバンザイで喜ぶ大珂の顔をのぞきこむ。
「それってどういう意味…?」
………
再び長い沈黙が続く。
「あの、えっと」
言えない。
まさか他の男とつきあうかもって思ったら、美久を離したくないって思ったなんて。
そもそもそれはどういう感情なのか
ただずっと一緒にいたやつが離れていくさみしさか
それとも…好きなのか
異性として、恋愛対象として
「ねぇ、みて」
美久が対岸の灯りを指さす。
「この海の向こう側が坂越。同じ海なのに、反対側からみるとなんか違ってみえるね」
「あー…そうやな」
穏やかな瀬戸内の海
十月初頭、心地よい温かな夜。
潮風に当たっていたら、気持ちが落ち着いてくる。
いつもと違うこの場所でなら、
いつもと違うことを言えるかもしれない。
だから、自然と出たんだ、きっと。
この言葉が。
「オレ、美久が智之と仲良さそうにしてるのをみて、自分のもとから離れるかもと思ったら、どうしようもなく動揺した」
「!? それって…」
ドキドキドキ…
「今までそんなシチュエーションになったことなかったら、わからなかった。自分の気持ちが」
!?
この流れは、
ついにきちゃう!?
幼なじみからの脱却第一歩が…
告って!
大珂が私と同じ気持ちならめっちゃうれしいんやけどー!!
「オレ…美久に言いたいことが…」
思わず手を組み、祈るように目をつぶった。
プルルルル…
えっ?
スマホが鳴り大珂はポケットから取り出した。
「もしもしぃ?はっ?今ちょっと散歩してる。ジュース買ってきてって?マジかよ〜、言っとくけどこの借りは高いからな」
ブチッ
「噂の智之だよ、炭酸飲みたいからジュース自販機で買ってきてーって。オレをパシらせるとは」
…クッ。せっかくいい雰囲気だったのに〜
「あいつ超空気読めねっ」
カラッと笑う大珂の表情に、ドキッとしてしまう。
「まいっか、後でジュース代倍にしてもらお。まだ時間あるし、すぐ買って帰るのもシャクやからちょっと散歩しよーぜ」
「うんっ」
「そういえばその服かわいいやん、おNEWやろ?」
「わぁ、うれしい気付いてくれたー」
「そりゃあほぼ毎日私服もみてるからな。そんなん見たことないし」
こういうとこマメなんだよな
細かいところに気がつくし、それをちゃんと言葉にしてくれる
美久は喜びで口元が緩む。
「足元、暗くてあぶないから手、かして」
「えっ?」
「何驚くん、子どもの頃はいっつも手つないでたやん」
そっとつなぐ手。
そういえば、いつ頃から手をつながなくなったんだろう。
当たり前だったことが、
少しづつ当たり前じゃなくなって。
何かをすることに理由を考えることが、
成長の証なのだろうか。
「そういえばさっき何言いかけたん?」
「あー、そうやなぁ。明日の練習試合で皆中(4回中4本全部を的に当てること)出せたら言うわ」
「えっ?今日の練習の様子やったら絶対アカンやつやん」
「大丈夫。誤解は解けたからもう本調子出せる。見とけ、必ず的射抜いたるわ」
久しぶりにつないだ手は
温かくて
大きくて
私はこの日の幸せを
一生忘れないと思った。
海の静けさとやさしい風に包まれた、
東かがわの夜。




