ジャム聖女と公爵騎士団長⑧
「リーサ、おはよう」
「お兄様、おはよう」
あれからわたしは騎士団を出た。今はお兄様も住むブルーベル家のタウンハウスで暮らしている。
ダイニングで朝食を終えれば、お兄様が手を差し出してきた。
「ほら、今日は王城に行くからおいで」
「うん……」
いまだ聖力が安定しないわたしは、お兄様から魔力供給をしてもらっている。
お兄様の手をとれば、顔を寄せられ、二人のおでこが合わさる。そうして温かな魔力の流れを感じると、わたしは八歳の身体から本来の姿へと戻った。
「すごく不便な身体になってしまったわ」
「そのうち落ち着くだろう。僕が治してやるから」
「うん……」
お兄様がぎゅっとわたしを抱きしめると同時に、どこからともなく不機嫌な声が響いた。
「俺がその役目をやると言っただろう」
「ライアン!?」
ダイニングの入口にはライアン様が立っていた。黒い騎士服をまとう彼も王城に呼ばれているのだ。
「まだ嫁入り前のリーサをホイホイお前に託してたまるか」
「研究になると前向きだったくせに」
お兄様はわたしをライアン様から隠すように抱きしめる。
あの騒動から二週間が経ち、ライアン様と会うのは久しぶりだった。
オーキッド侯爵一家とジョセフ――ひいてはヘーゼル伯爵家にまで及んだ調査はようやく落ち着いたようだ。
その間わたしは、過保護なお兄様によって屋敷に閉じ込められていた。なんとかジャムだけはシリル様を介して騎士団へ届けてもらっていたわけだけど。
「リーサ、久しぶりだな。元気だったか?」
「うん……」
ライアン様はわたしに視線を向けると、その表情を柔らかく崩した。久しぶりに見る彼の甘い顔に、心臓が大きく跳ねてしまう。
「ああ……その髪飾り、つけてくれているんだな。嬉しい」
わたしの髪に留まるブルーベリーの花の髪飾りを見つけて、ライアン様がわたしの髪に触れた。
「う、ううう、うん」
久しぶりに会うライアン様に、今までどうやって話していたのかわからなくなる。
ライアン様は挙動不審なわたしの頬に手を添えると、顔を彼のほうへと視線を向かせた。
「魔力供給が必要ならいつでも俺が」
頬に添えてあったライアン様の手がするりと唇へと滑る。
「ぴゃああああ!」
その甘さに耐えられなくなったわたしは、お兄様の背中の後ろへと逃げてしまった。
「魔力供給は僕がたっぷりしたから必要ないぞ」
プリプリ怒るお兄様の背中から顔をのぞかせれば、ライアン様と目があう。
ふっと口元を緩ませる余裕顔のライアン様に、わたしはぷうっと頬を膨らませた。
「ところで、なんでうちに来たんだ? 直接城に行けば良かっただろう」
お兄様の問いにライアン様が真面目な顔で告げる。
「婚約者をエスコートするのは当然だろう」
「ああ……お前本当に父上にリーサとの婚約を申し込んだんだったな」
そう。ライアン様は正式にブルーベル家にわたしとの婚約を申し入れてくれた。両親はわたしの意志を尊重すると言ってくれ、この話はまとまりつつある。
「今日は父上と母上もいらっしゃる。どうせ顔合わせがあるんだから、そのときでも良かっただろうよ」
ブツブツ話すお兄様に、ライアン様は笑った。
「俺が早くリーサに会いたかっただけだ。すまない」
「お、おう……」
無邪気に笑うライアン様に、わたしもお兄様も目を丸くした。彼のこんな顔を見られるようになるなんて、誰も想像もしなかっただろう。
「ライアンがここまでリーサに惚れこむとは想定外だ……いやリーサが可愛いから当然なのか?」
ブツブツと呟くお兄様の横を通り過ぎ、ライアン様がわたしに手を差し出す。
「リーサは他の男にも求婚されていたからな。これで安心だ」
「テオにはお断りしましたよ?」
テオからは何度か手紙をもらっている。改めて真剣に求婚してくれたけど、わたしは丁重にお断りした。それでようやく諦めてくれたテオは、騎士団を辞めて念願だった自分のお店を城下町にて開くらしい。オープンしたら一番に来てほしいと言われている。
「は? 聞いてないんだけど? どこのどいつだ?」
お兄様が反応して怖い顔になる。ライアン様は気にせずわたしを見つめたまま言った。
「二度と他の男を近付けさせない。リーサを守る権利を俺にくれないか」
「……ずるいよ」
そんなことを好きな人に言われて、嬉しくないわけがない。わたしがライアン様の掌の上に指をちょこんとのせると、彼は大きな温もりで包み込んでくれた。
「行こう」
わたしはライアン様に手を引かれて歩き出す。
「おい、待て。僕がリーサの兄だ! 僕を置いていくな~!」
後ろでわめくお兄様の声を聞きながら、わたしはライアン様と笑い合った。




