ジャム聖女と公爵騎士団長⑥
「ブルーベル師長! まさか罪人自ら出頭してくるとは感心だな!」
叫ぶ隊長に、お兄様は結った髪を後ろに払い、顎をしゃくった。
「誰が罪人だって? 僕の可愛い妹まで罪人扱いして……覚悟はできているんだろうな?」
すごむお兄様に、騎士たちがひっと声をあげる。近衛隊長は怯みながらも続けた。
「さ、さらに罪を重ねる気か! 大人しく投降しろ!」
「その台詞、そっくりそのままお返しするよ? オーキッド侯爵の犬さん?」
「――っ!」
お兄様の言葉に隊長がギリっと歯ぎしりをした。
「どういうこと……? まさか?」
「さすがリーサ! そのまさかだよ」
ぽそりと呟いたわたしに、お兄様が喜々としてウインクをする。
「おいハリソン……身を隠せと言ったのにいきなりやって来て……説明をしろ」
ライアン様、怒ってる? ライアン様は低い声でお兄様を睨んだ。
「ああ。そこの近衛騎士隊長殿は、オーキッド侯爵の力で隊長になったんだ。さらには金をもらってオーキッド侯爵に王族の情報を流していた」
「なっ……でたらめだ!」
「証拠も無しにこんなことを言うわけないだろう?」
抗議しようとした隊長を、お兄様が黙らせる。
「君は悪虐聖女と違って、痕跡を残しまくりだったからね。おかげでオーキッド侯爵もまとめて追及できる。じゃあよろしく」
お兄様はそう言うと、近衛騎士たちを見やった。騎士たちがおずおずと隊長を拘束する。
「おい!? こんなことをして! オーキッド侯爵様が黙っていないぞ!」
「オーキッド侯爵は、今ごろライアンところの騎士たちが拘束しているはずだ」
「は?」
「これだから能力の無いやつが上に立つと困る」
目を点にする隊長にお兄様が顔を覗き込んで微笑んだ。
「お前はこれからオーキッド侯爵ともども裁きを受けるんだよ」
すごんだお兄様に、隊長の顔が青ざめていく。
「セ、セシリアさ――」
「まあ! 怖い! まさかお父様と近衛隊長がそんなことをしていたなんて!」
隊長の言葉を遮り、セシリア様は両手を頬にあててわざとらしく叫んだ。縋ろうとした隊長の手が力なく下げられると、彼は騎士によって連れていかれた。
セシリア様はそれを見送ると、お兄様に向き直った。
「ごめんなさあい、ブルーベル師長。お父様の悪事に全然気づけなかったわ」
セシリア様はこの国で唯一の聖女。父親である侯爵様が悪事で捕まろうが、自分には及ばないと思っているのだろう。
「それにね、あなたの妹が王太子殿下に毒を盛った事実は別の問題なのよ?」
セシリア様はくすくすとお兄様に告げる。お兄様は不快そうな表情を隠さずにセシリア様へと向けた。
「あたしは王太子殿下の婚約者。そして、殿下を害そうとした犯人を捕まえるため近衛隊への指示を任されているの」
まだセシリア様に分があると言わんばかりの表情だ。
「犯人はお前だ」
「どうしてそんな落ちこぼれをかばうの? あなたにはなんの利もないでしょうに」
ライアン様の主張を無視してセシリア様は笑う。
「リーサは俺の婚約者だ」
「では、あなたも共犯ね」
セシリア様がにたりと笑う。どうあってもわたしとライアン様を始末したいらしい。
「大人しく捕まればいいものを……残念です聖女殿」
お兄様の言葉にセシリア様が怪訝な表情になった。
「本当に残念だよ、セシリア嬢」
お兄様の目の前が光ると同時に、違う男の人の声がした。
光の中から現れたのは、眩い銀色の長い髪に凛々しい金色の瞳を携えた美しい男性――。
「レオニス殿下!?」
「えっ!?」
ライアン様の驚きの声にわたしは目を見開いた。
確かに目の前の美しい男性は、王族の装いをしている。目をぱちくりさせていると、セシリア様が殿下に駆け寄った。
「殿下! ご体調が優れないとお聞きしましたが、もうよろしいのですか?」
「白々しい……」
殿下はその美しい目を細めると、セシリア様を睨んだ。
「おっと……これ以上殿下に近寄らないでくださいよ。毒を盛られでもしたらたまりません」
「なっ!?」
お兄様が殿下の前に立ち、セシリア様の行く手を塞いだ。
「毒を盛ったのはあなたの妹でしょう!? あなたの妹のジャムから禍々しい魔気が検出されたんだから! そうでしょう!?」
投げかけられたジョセフがうなずきながらアセシリア様の横に立つ。
「はい。聖水をかけましたところ、反応しました」
「その聖水も怪しいものだ」
「なんですって!? 聖女を侮辱するのもいい加減にしなさいよ!」
お兄様の言葉にセシリア様がムキになっていると、殿下が首にかけていたペンダントをかかげた。それは、お兄様がわたしに渡したものと同じもののような気がする。小さな石がついたペンダントだ。
「なんです? それ?」
怪訝な顔のセシリア様に殿下は冷ややかな声で告げた。
「セシリア・オーキッド。貴殿の会話はすべてアリッサ嬢を通して聞いていた。もはや言い逃れなどできない」
「……え?」
固まるセシリア様に、お兄様がにっこりと追い打ちをかける。
「これ、僕の作った発明品。アリッサが持つペンダントと対になっていて、通信の機能が備わっているんだ。それと、君の能力で毒を生み出していることは、僕が研究室でしっかり暴くから。覚悟しておけよ?」
さあっとセシリア様の顔が青くなる。
「……やっぱり、あんたを先に片付けておくべきだったわね。まさか殿下が呪われていなかったなんて」
「何を言っているんだ」
お兄様はとびきりの笑顔を作ると、セシリア様に続けて言った。
「僕の妹がライアンと殿下の呪いを解かなければ何も為せなかった」
「…………あの子の聖力、たいしたことないんじゃなかったかしら」
「一度は危険視してアリッサを排除しておきながら、甘く見ていたようだね。アリッサの力は君よりも強い。二人の呪いを解き、お前の毒も打ち消したのだから」
「そんな……あんたが魔力を供給したからじゃなかったの?」
セシリア様の表情が絶望へと変わっていく。
「僕の研究を知ってくれていたのか。だが理解はできていなかったみたいだな、悪虐聖女。この国にはリーサがいる。安心して引退したまえ」
がくっとセシリア様がその場に膝をついた、そのときだった。
「セシリア様!! お逃げください!」
近衛騎士の拘束を逃れたジョセフが何やら胸ポケットから取り出し、投げた。
「殺傷能力の高い魔道具だ! 爆発するぞ!」
それを瞬時に見分けたお兄様の叫びに、近衛騎士たちがレオニス殿下を守ろうと集結する。そのことによりセシリア様が一人取り残される。ジョセフはセシリア様の腕を引くと、彼女を外へやり、自身の身体で出口を塞いだ。
その間、魔道具が宙を舞っていく。まるでスローモーションのように落ちていくそれを、その場のみんなが目で追っていた。
(なんでそこまでセシリア様を……)
出口を塞ぐジョセフだって、このままでは爆発に巻き込まれる。わたしたちを巻き添えにしてまで彼はセシリア様を守りたいのだ。
「リーサ!」
お兄様の手がわたしに伸ばされ、わたしも右手を差し出した。お兄様の周りが光で包まれ、魔法を使っているのだとわかる。
察したジョセフが妨害しようとこちらに向かってきたが、ライアン様が彼を押さえつけた。
「全員、伏せろ!」
お兄様は叫ぶと、宙に飛んでいた魔道具を牢屋内に弾き飛ばした。そしてわたしの手を引き寄せ、おでこを合わせる。
(わたしがお兄様に魔力を供給するのよね!?)
お兄様はシリル様と魔力を合わせて結界を作っていた。
いつも供給される側だったけど、やり方はお兄様が説明していたから、なんとなくわかる。
(魔力を受け渡すイメージ……)
「さすが僕のリーサ」
お兄様の声にぎゅっとつぶった目を開ければ、余裕の笑みがすぐ側にあった。
「次は牢屋の前に盾を作るイメージで」
「う、うん」
お兄様が繋いだ手を牢屋に向ける。
「落ちるぞ!!」
ライアン様の叫びと同時に、魔道具が床に落ちた。
ドンッという爆音とともに、牢屋内が爆炎に包まれる――しかしわたしとお兄様が作った結界により、それ以上は広がらなかった。




