ジャム聖女と公爵騎士団長③
「離せ! リーサを助けに行かなければ!」
「落ち着いてください、団長!」
アリッサが連れて行かれた後、暴れるライアンをルースとクレイブが二人がかりで押さえていた。
「リーサは王太子殿下暗殺未遂の犯人なんかじゃない!」
「……わかっていますよ」
叫ぶライアンの前に立ちはだかるのはテオだ。焦りの顔を浮かべるライアンをテオが睨む。
「リーサが誰よりも騎士団のことを思ってジャムを作っていた。あんなこと言われて信じるわけないじゃないですか。副料理長として断言する。リーサはジャムを使って人を殺めたりする子じゃない」
「……そうだな。おれも料理長としてリーサの腕は保証する」
眉尻を下げてテオを見たクレイブに、テオは今度は彼を睨んだ。
「料理長、リーサが訴えていたのに目を逸らしたでしょう」
「やっ……あの、だな……女の子なんてこの騎士団で久しぶりに見たから……つい」
「ついじゃないですよ! リーサ、絶対に傷付いてましたよ!」
「うっ……違うんだ」
いつも言い合う二人だが、今はクレイブがテオに言われっぱなしだ。
あ然とするライアンにテオが再び視線を向けた。
「……リーサへの態度を変えたのは、彼女が子どもじゃないとわかったからですか? あなたも最初は子どもとして接していましたもんね?」
「……彼女は俺が探していた女性だったんだ」
テオの追及にライアンは素直に答えた。
「あ、もしかして団長の失恋相手……?」
ピンときた顔でルースはライアンから手を離し、顔を見た。
「ああ。彼女がハリソンといたことで誤解していたが、妹だとわかったからな」
「ハリソン師長の……」
改めてリーサがブルーベル伯爵家の令嬢だという事実を確認し、騎士たちがざわめく。
「すまない。リーサは命を狙われていて……守るために俺が騎士団に留めた。女性禁止にしておきながらすまない」
ライアンが頭を下げれば、騎士たちに動揺が走る。
「……すごい」
そのうちの一人が興奮したように呟き、声をあげた。
「リーサちゃんは本物の朝食の女神だったんだ!!」
声をあげたのは、ブルーベルベーカリーオタクの騎士だ。
「ブルーベルベーカリーの店主がアリッサ嬢だと知っていたのか?」
ライアンの問いに騎士は何を言っているんだという顔で答えた。
「あのベーカリーに通う常連客はみんな知っていますよ? ブルーベル伯爵令嬢を朝食の女神と呼んでいたのは、ブルーベル領民ですから」
知らなかったライアンは押し黙る。まさか貴族令嬢が実際に店に立っているとは思わなかったのだから。
「すごい! すごい! 美味しいわけだよ! 俺たちは本物の味を口にしていたんだ!」
興奮する騎士につられて、周りの騎士たちにも笑顔が戻る。
「そうだよな。リーサちゃんのジャムは絶品で……しかも力が湧いてくるようだった。呪いなんてもんじゃない」
「リーサちゃんのジャムしか食べられなくなる呪いだな」
騎士の一人が冗談めかして言えば、その場に笑いが起こった。その様子を見たライアンがようやく冷静さを取り戻す。
「リーサは聖力をジャムに変える聖女だ。俺たちは彼女のジャムに助けられていた」
「ええ! まさか本物の女神だったなんて!」
ライアンの説明を騎士たちが素直に聞き入れて驚く。
「それで団長……どうしてこんなことに? リーサちゃんはどうして近衛隊に……」
ルースの問いにライアンは黙り込む。
(ハリソンの予想通り、オーキッド侯爵令嬢が仕掛けてきたと思うべきだろう。騎士たちからリーサのジャムについて漏れるとは思ったが、なぜ正体までバレたんだ?)
「団長? まさかまた権力争いに巻き込まれているのですか?」
考え込むライアンにルースが声をかける。ライアンはハッとして顔を上げた。
「ああ……。すまない。騎士団には迷惑をかけないようにする」
「団長……」
ライアンが黒のマントをはずしてその場に置くと、ルースは神妙な顔をした。
「リーサちゃんのために団長の地位を捨ててまで助けに行くのですね」
「騎士団を頼んだぞ、ルース」
ライアンの言葉にルースは静かにうなずいた。
「ぼくもリーサを助けに行きます!」
二人の会話に割って入ったのはテオだ。
「……お前はここにいろ」
ライアンはテオを見下ろすと、冷ややかに告げた。
「どうしてですか!? リーサを助けたいのはぼくも一緒です! リーサは大切な女の子なんだから!」
「おい、やめとけ。お前じゃ足手まといになるだけだ」
「でもっ……」
止めに入ったクレイブに、テオが唇を噛みしめる。
「リーサは俺の婚約者だ。このことはアスター公爵である俺に任せてもらいたい」
公爵の名を出せばテオは何も言えない。悔しそうに顔を歪めた。
「団長……リーサちゃんを必ず連れて帰ってきてください」
騎士たちが一列に並び、そのうちの一人がライアンに告げる。みんな浮かない表情に戻っている。
(王太子殿下が関わっておられる以上、近衛隊の行動は正当化される)
ライアンは騎士たちを見回すと、うなずいた。リーサを助けたところで、今度は自分の命が狙われるだろう。
王太子の婚約者に収まろうとするセシリアにとって、ライアンが一番邪魔だろうから。
(それでも俺は……)
リーサだけは助けたい。自分の命に代えてもリーサを守る。ライアンがそう決意したところで、場にそぐわぬ明るい声が響いた。
「話はついた?」
「ハリソン!? いつからそこに……」
騎士たちの後ろから顔をのぞかせたハリソンに、ライアンは珍しく狼狽えた。
突然現れた魔法省の権威に、騎士たちもざわつく。
「リーサがお前と婚約したなんて、初耳だぞ?」
「落ち着いたら正式に申し込みに行くはずだった」
責めるような口調だが、ハリソンは笑っている。ずいぶん前から話を聞いていたようだ。
「もう申し込みに来ないような口ぶりだな?」
「……」
するどいハリソンにライアンが黙ってしまう。
「まあ、かくいう僕にも近衛の追手がかかるのは時間の問題だろうな。リーサを子どもに変えていたのは僕の魔道具だ何だと難癖つける気だろう」
「ハリソン、俺が必ずリーサを救い出す。お前は騎士団に身を寄せているといい」
「ふうん?」
ハリソンはコツコツとライアンの側まで距離を縮めると、顔を近付けて言った。
「それは義務感からか? それとも――」
「愛する人を助けに行くのに理由が必要か?」
きっぱりと告げたライアンに、ハリソンは唇に笑みを浮かべた。
「いや? 僕は動けないからな。ライアン、君に大切な妹を託す」
ハリソンの笑みに、ライアンは真面目な顔のまま答えた。
「ああ、必ず。俺の命に代えても――」
「いいか? 命だけは賭けんな?」
ライアンが言い切る前に、ハリソンが被せて言った。
ここから先は、自身の首を差し出さねば収まらないかもしれない。ライアンはうなずかず苦笑した。




