ジャム聖女と公爵騎士団長②
果実が一瞬でジャムに変わったのを見て、騎士たちがざわつく。
わたしは八歳で受けた聖女鑑定のときのことを思い出して、身体が震えた。
「リーサっ……!」
ライアン様がわたしを助けるため駆け寄ろうとする。それをルース様が身体を張って止めた。
ジョセフは近衛騎士――王太子殿下直属の騎士だ。公爵であるライアン様の行動が、王太子殿下への反逆だと言いがかりをつけられることはわたしでも予想できる。
(でも王太子殿下は……)
王太子殿下にはわたしのジャムで呪いの治療をしてもらっていたはずだ。それが暗殺未遂犯なんてどういうことだろう。
「あの、どういうことでしょうか? 確かにリーサ嬢の能力には驚きましたが、それが暗殺未遂だなんて」
ライアン様を押さえていたルース様が一歩前に出て、冷静に問いかける。
「……気持ち悪いでしょう? 果実に触れただけでジャムにしてしまう能力なんて」
わたしの腕を掴むジョセフが、その腕に力をこめて引き上げる。ぶらんと宙に浮いたわたしは、痛さから顔を歪めた。
「リーサ嬢のジャムは絶品です。気持ち悪いなどということはありません」
「ルース様……」
そうだ、そうだと騎士たちがルース様に続く。それを近衛隊長がひと睨みで黙らせた。
「そんな幼い子に何ができると言うのですか? 乱暴はおやめください」
怒りで震えるライアン様を制止しながら、ルース様が近衛隊長に進言してくれる。
「幼子……? ジョセフ、その子どもは化けているのだったな?」
「はい。騎士団に取り込り、身を隠すために醜悪なことです」
ジョセフは近衛隊長に頷くと、胸ポケットから瓶を取り出した。聖水だ。ジョセフはその瓶の蓋を親指で跳ね上げるように開けると、わたしの口へと突っ込んだ。
「うぐっ……」
「リーサ!!」
無理やり聖水を口に流され、苦しい。私はその場で地面に倒れ込んだ。
ライアン様の怒りの声が聞こえるけど、意識がぼんやりとする。
次にジョセフはわたしの髪を引っ張り、顔を上に向かせた。口に入った聖水が喉を通り、息ができなくなる。苦しさから逃れるためにわたしは聖水を必死で飲み込んだ。
「幼い子になんて非道な……! それが近衛騎士のやることですか!?」
ルース様の抗議に、近衛隊長がぎろりと睨む。その貫禄のある風貌とオーラでその場がシンとなった。
「うっ……」
ドクンと心臓が痛む。
(ダメっ……!)
この感覚は――――。
胸を押さえてその場にうずくまったわたしは、みるみるとアリッサの姿に戻っていった。
「リーサちゃん!?」
ああ、と思う。
驚きで揺れるみんなの声を聞いて、わたしは顔を上げることができない。
「わかりましたか? このアリッサ・ブルーベルは王太子殿下暗殺を謀り、子どもに変身して騎士団に潜伏していたのです」
「違う……! リーサは……」
叫ぶライアン様に顔を上げれば、ジョセフがにたりと笑う。
「それとも、あなたがこの罪人を手引きして匿っていたのですか?」
「言いがかりだ!」
「団長! ダメです!」
近衛騎士相手では分が悪すぎる。ルース様はライアン様を止める。
「王太子殿下は……殿下はこのことをご存じか!?」
止めるルース様に抗いながら、ライアン様が叫ぶ。
「私たちは王太子殿下の命でこの女を捕らえに来たのです」
(え――――)
近衛隊長の言葉に目の前が真っ暗になった。
わたしの横に立っていたジョセフが、瓶から残りの聖水をジャムになった果実へとたらした。
するとジャムは禍々しくどす黒い液体へと色を変えた。
「やはり、聖水に反応している。王太子殿下に使われた呪いと同じです」
「――!」
ジョセフの報告に近衛隊長は頷くと、片手を上げて声をあげた。
「その女を捕らえろ!」
ジョセフの他にいた近衛騎士二名がわたしの両腕を拘束する。
「リーサ!!」
叫ぶライアン様に、わたしは首を振った。ライアン様は悔しそうに顔を歪めると、その場で踏みとどまってくれた。
どういうわけか、わたしが生きていることがセシリア様に知られてしまったようだ。
そして嵌められてしまったからには、どうしようもできない。王太子殿下の命で近衛隊が動いているのなら、騎士団だって手が出せない。ましてや庇いだてしようものなら、ライアン様が巻き込まれてしまう。セシリア様はライアン様を殺そうとしていたのだから。
「邪魔をしたな」
近衛隊長がライアン様にそう告げて、身体を翻す。
「ほら、歩け!」
それに続くように二名の近衛騎士がわたしを引きずって歩き出す。わたしは言われるままに足を進めた。
ライアン様の視線を感じたけど、彼にあらぬ疑いがかからないようにと、わたしは目をあわせないようにした。
クレイブさんとテオ、騎士のみんなが道を開けて静かにわたしたちを見送っていた。
(嘘をついていてごめんなさい……)
見送るクレイブさんと目があう。
「ライアン様は……巻き込まれただけなんです」
わたしは訴えるようにクレイブさんを見た。
ライアン様がリーサを遠縁だと嘘をついたのは、わたしのためだ。騎士団の絆が壊れることだけは避けたい。そう思ってクレイブさんに縋れば、目を逸らされてしまった。
「――っ!」
ずきりと胸が痛む。
「早く行くぞ」
後ろについていたジョセフが近衛騎士二人を追い立てる。クレイブさんと再び目があうことはなく、わたしはその場から連れ出されていった。




