ジャム聖女と公爵騎士団長①
「みんなー! お疲れ様ー!」
「リーサちゃん!」
いつもの休憩時間、わたしはおやつのワゴンを引いて訓練場にやってきた。
剣をおろした騎士たちが笑顔で出迎えてくれる。いつもの穏やかな日常――一つだけ違うのは……。
「リーサ、ありがとう。手伝うよ」
ライアン様が汗を拭っていたタオルを首にかけたまま、わたしの元へとやって来た。
「ありがとう……」
汗ばんだライアン様は妙に色っぽくて、無駄にドキドキさせられてしまう。
騎士たちは遠巻きにニコニコと笑って見守っているだけだ。
「どうした?」
ちらりとライアン様を見上げれば、優しい微笑みが返ってきて、わたしは首を横に振った。
今やわたしは、ライアン様の婚約者として騎士団のみんなに認識されている。
みんなは驚きつつも、「騎士団の女神がお相手なら!」と謎に納得してくれている。ライアン様がロリコンだという目で見られなくて良かったけど……。
そういうわけで、最初はわたしを手伝おうとしていた騎士たちも、ライアン様が手伝うことで手出ししなくなった。邪魔しちゃいけないという空気を感じて、なんとも恥ずかしいのだけど。
「落ち着くところに落ち着きましたね」
みんなにおやつを配り終え、ライアン様とルース様の所に行けば、にこやかな笑顔で出迎えられた。
ルース様は木陰の下ですでに配ったアプリコットジャムがかかったチーズケーキを食べている。
「でも、あんなに年齢にこだわっていたのに、どういう心境の変化です? 何かありました?」
ルース様の追及に、わたしのほうがドキリとしてしまう。それは、わたしが本当は子どもじゃないってわかったからだ。
「次の魔物討伐について進めるぞ」
ライアン様は前のめりなルース様を睨むと、どかっと敷物の上に座った。ルース様が「はいはい」と苦笑して地図を広げる。ホッとして、わたしもライアン様の隣に腰を下ろした。
最近の騎士団は、わたしのジャムのおかげで魔気を身体に取り込むことがないらしく、今まで以上の成果を上げているらしい。
お兄様いわく、「最初はリーサのジャムで魔気を払うだけだったけど、聖力を取り込むことで徐々に身体が魔気に汚染されなくなったんだろうな! さすが僕のリーサ!」らしい。
聖女の聖力が魔気を払うのは知っていたけど、事前に取り込んでしまうのを防ぐことができるなんて驚きだ。お兄様も初めての事例に興奮したように記録をとっていた。
そんなお兄様の姿を思い出したわたしは、苦笑しながらチーズケーキを頬張った。みんなが食べやすいように、片手で持てるように紙を巻いてある。
騎士団に来てから一か月が経ち、すっかり季節は夏真っ盛りだ。ブロッサム王国は一年を通して温暖だけど、夏の季節は特に暑くなる。騎士たちみんなが木陰に入り、その身体を休めていた。
(みんなにもいつか打ち明けないとなあ)
チーズケーキを食べ進めながら、そんなことを考える。
最初はライアン様を守った後は、騎士団から静かに消えるつもりだった。でもここで過ごして、みんなにもちゃんと伝えたいと思った。ライアン様の相手としてリーサを認めてくれたみんなに嘘をついたままでいたくない。アリッサとしても認めてもらいたいと。
「だ、団長!!」
みんなが和やかに休憩する中、クレイブさんが慌ててやって来た。その後ろにはテオもいる。
「どうした?」
ライアン様が立ちあがると、クレイブさんは息を切らしながら話しだした。
「そ、そ、それが……この……この」
(この??)
珍しく慌てふためくクレイブさんに、わたしも立ち上がって近付く。
「案内、ご苦労」
すると、クレイブさんの後ろをゆっくりと歩いてきた騎士が声をかけた。
黒でも青でもない、白い騎士服――近衛隊の騎士だ。
「どうして近衛隊長がここに……」
ライアン様が困惑した顔でその騎士を見た。近衛隊長という言葉に、わたしもぎょっとした。
近衛隊は王族を守る部隊だ。騎士団は魔法省の所属だが、近衛隊は管轄が違う。
休んでいた騎士たち全員が立ち上がり、近衛隊長に礼をとる。緊迫した空気にわたしは息を呑んだ。
「この者で間違いないのか?」
近衛隊長の後ろには三人の近衛騎士が控えており、そのうちの一人が前に出て口を開いた。
「はい。間違いありません。王太子殿下暗殺未遂犯です」
(――――っ、ジョセフ!! )
黒い瞳がぎょろりとわたしを見下ろし、わたしは身体をこわばらせた。
(どうしてジョセフがここに……)
ドッドッドッと心臓がうるさく早鐘を打つ。ジョセフはセシリア様の護衛で、わたしを殺そうとした人だ。
ジョセフは白の騎士服を着ている。出会ったときはローブ姿に身を包んでいたから気づかなかったけど、聖女を護衛する立場なのだから近衛隊に属していてもおかしくない。
「どういうことですか?」
ライアン様が怖い顔でわたしを庇うように前へ出た。
「この娘が妙な能力で王太子殿下に呪いをかけたのです」
「――っ!!」
わたしはそんなことをしていない。ひゅっと喉が鳴った。
そんな恐ろしいことをしたのはセシリア様だ。そしてそれを当然ジョセフは知っている。
(セシリア様がわたしに罪を擦り付けようと……? でもなんで? わたしは今リーサなのに)
震える身体でライアン様の足に隠れる。わたしを見据えるジョセフは、アリッサを殺そうとしていたときと同じ目だ。
「お言葉ですが、リーサちゃ……リーサ嬢は八歳です。いくらアスター公爵家に縁があろうと、まだ子どもですよ? そんなことは不可能です」
ルース様がライアン様の横に立ってフォローしてくれる。近衛隊長は何も言わず、ジョセフを見た。ジョセフは頷くと、わたしたちに一歩近づいた。
「何をする!」
ライアン様が叫ぶと同時に、わたしはジョセフに腕を掴まれていた。
「本当にアスター公爵家との縁があると証明できるならどうぞ。ねえ、アリッサ・ブルーベル嬢?」
ジョセフがわたしの腕を引き、目線を合わせる。わたしは恐怖で動けなくなってしまった。
「は??」
「ブルーベル??」
騎士たちにどよめきが起こる。
ジョセフはにやりと笑うと、わたしの手袋をするりとはずした。
「おい」
「は、はい」
ジョセフが顎をくいっとクレイブさんに向けて合図をする。
「ど、どうぞ」
クレイブさんが差し出した物を見て、わたしはぎょっとした。
それは、トレーに載せられた果実だ。
「や、やめ」
「離せ!」
ジョセフはわたしの腕を持ったまま果実のトレーまで身体を引きずった。
抵抗しようとするわたしと、止めようとするライアン様に、みんなも何が起きているのかと瞠目している。
「これが騎士団を騙し、王太子殿下を呪いにかけた女の正体です!」
ジョセフが高らかに宣言をすると同時に、わたしは腕を引っ張られ、手に果実を触れさせられた。
(ダメ――――)
ぎゅっと目をつぶると同時に、目の前の果実がドロドロになっていく感触が掌に伝わった。




