悪虐聖女の癇癪②
「ライアン・アスター公爵様は国王陛下、そして王太子殿下の信頼を得ておられます。それは、国のために命を捧げられているからです。そのお方を侮辱されるということは、王太子殿下も侮辱されているということでよろしいですか!?」
セシリアの目に、幼い子どもが王太子派の貴族たちを黙らせている光景が飛び込んできた。その隣に立つライアンを見て、セシリアはぎりりと唇を噛む。
ライアンは呪いを受け、死を待つだけの身体だったはずなのに、見るからに健康そうだからだ。
(どういうこと……? こんなのんきにお茶を飲みにくるくらい元気なの!?)
セシリアはじっとライアンを観察する。
ラフなシャツはきっちり上まで留められているが、首筋はしっかり確認できる。
(呪いの進行具合からいって、呪いの紋様が首全体を覆っているはずなのに……それに……)
セシリアはライアンの表情を見て、親指の爪を噛みしめた。
ライアンは自分を貶める貴族を黙らせたその子どもに、愛しそうな目を向けているではないか。客に紛れてその子どもの顔は見えないが、茶色の頭だけが見えた。
セシリアが子どもの顔を確かめようと身体を乗り出せば、二人はサロンを出て行ってしまった。
「アスター騎士団長が幼女趣味という噂は真実だったようですね」
「どういうこと!?」
後ろで呟いたジョセフに、セシリアが険しい顔で振り向いて問い詰める。
二人が去ったサロン内の客は、すでに起きた出来事を気にしていない。テーブルごとに談笑が繰り広げられていた。
ジョセフはセシリアを背中で隠すように扉に手をかけると、セシリアを部屋の中へと誘導した。
「あの子ども、何者なの!?」
ぱたんと扉が閉められると、セシリアは待ちきれず叫んだ。
「騎士団の厨房で働く子どもです。彼女の作る朝食が絶品だと騎士たちが自慢しているそうです」
「はあ? 朝食? 騎士団は女性禁止でしょう?」
セシリアが苦々しい顔を向けても、ジョセフの表情は変わらない。淡々と報告を続けた。
「どうやら、アスター公爵家の遠縁の子どもらしいです」
「それがどうして幼女趣味という噂になっているの?」
「アスター騎士団長があの子どもを溺愛していると噂になっておりました。まさかと調べましたが、どうやら婚約の約束もしているらしく……」
ジョセフの話にセシリアは一瞬だけ目を丸くして、すぐに鼻で笑った。
「はんっ、まさか、あの公爵様が幼女趣味だったなんてね。あたしになびかないはずだわ。まあ死んでもらうから関係ないんだけど……」
そこまで口にして、セシリアはぴたりと言葉を止める。
(そう言えば……呪いの刻印がなかった。まるで治ったかのような……)
親指の爪を噛みしめ、セシリアは考え込む。
「……ジョセフ、あなたのところの文官が面白いことを言っていたわよね?」
「……聖女の落ちこぼれが、領地で店員の真似事をしていたことでしょうか?」
セシリアの問いにジョセフが少し考えてから答えた。
セシリアはアリッサを始末した後、ジョセフからこの話を聞いていたのだ。
『……そういえば、ブルーベル伯爵家のご令嬢がパン屋の店主をしていると言っていたが、あの女でしたか』
思い出したかのように話すジョセフが言うに、ヘーゼル伯爵夫人が所望したパンを買ってこられなかったその文官は、言い訳がましく語っていたのだとか。
『貴族の令嬢が売り子の真似事など、お遊びでやっているに違いありません! そんな笑い者になる令嬢が作るパンなど、奥様が口にするに値しません!』
と。興味なさげに語るジョセフの話を、セシリアも気に留めなかった。始末した相手などに興味もない。
アリッサは唯一の聖女であるセシリアの地位を脅かそうとする存在だった。だがそれは昔の話だ。
幸いにもアリッサには聖力がないと鑑定されたし、気味悪い能力をバカにすれば、アリッサはセシリアの前から姿を消した。だが国王は、それでも前聖女・ブルーベル伯爵夫人の娘であるアリッサに期待をしていた。
セシリアは父親の力と自身の聖女の立場を使い、アリッサが表舞台に出てこられないよう悪評を流して排除しようとした。そのかいあって、アリッサは領地に引きこもり、二度と社交の場には出てこなかった。
これであたしが第一王子の婚約者に選ばれる――そう思ったセシリアだったが、婚約者候補のままだった。
国王陛下は慎重に事を進めていると言っていたが、セシリアは自身の立場を取って代わる令嬢が出てくるのではないかと気が気ではなかった。ある日顔の整ったライアンに出会ったことで、ならば彼を自分のものにし、国王に押し上げようと画策したのだ。しかし、ライアンはセシリアになびかなかった。
こうなったら王太子を力づくで自分のものにするしかない――そう思ったセシリアは、王太子に呪いをかけた。
セシリアは、自身の聖力と魔物の魔気を合成して毒が作れる。魔気は魔物退治をした騎士たちが身体に溜め込んでいるから、あとはセシリアが聖力を調節すればいい。騎士であるライアンに聖水を飲ませて呪いをかけるのは簡単だった。
ジョセフの手引きで騎士団に入り込み、厨房の一人を買収してライアンにだけその聖水を飲ませた。買収した男はジョセフが口封じに始末したらしいが、セシリアにはどうでもいいことだ。
次は王太子が自分を縋るしかない状況を作るだけ。呪いをかけるための聖水を王太子に飲ませる算段は、父がつけてくれた。
王太子を魔物討伐の視察として同行させたのだ。戦わずとも、魔物に遭遇すれば魔気を浴びる。
ジョセフは聖女付きの護衛として常にセシリアの側にいるが、所属は近衛隊だ。近衛隊を上手く誘導し、王太子に魔気を浴びせることに成功したセシリアは、聖水を飲ませて呪いにかけた。
すべてが思い通りになった――そう思っていたセシリアにどくどくと嫌な予感がよぎる。
「あの子どもはいつから騎士団で働いているの?」
「……確か、一か月ほど前と言っていたかと」
――一か月前!
セシリアは目を大きく見開いた。
一か月前といえば、落ちこぼれを始末した時期と被る。
「追うわよ」
「……はっ」
ジョセフはセシリアの意図を理解していなかったが、すぐさま頭を下げてベールをセシリアに掲げた。ジョセフがセシリアの命令に背くことはない。
セシリアは自身の頭にベールを装着すると、ジョセフに守られるようにしてサロンを出た。
「いました」
ジョセフが店の警備兵に二人が歩いていった方向を聞き出せば、すぐに見つけられた。
閑静な高級エリアから二本先のエリアは、聖女の勤めでもないかぎり、セシリアが足を踏み入れることなどない場所だ。
路地の先から聞こえてくる騒がしさに、セシリアは眉をひそめた。
「あの二人、何を話しているのかしら」
ライアンと子どもは裏路地で止まったまま、何やら話している。物陰に隠れてそれを見るも、通りの向こうが騒がしくてセシリアには会話の内容が聞こえない。
しばらく見ていると、ライアンがその子どもにキスをした。
「あ、あの男……! 本当にそういう趣味だったの!?」
「セシリア様」
驚いて身を乗り出すセシリアを、表情を変えずにジョセフがマントで隠す。
ジョセフに邪魔をするなと睨み、セシリアはまた二人に視線を戻す。そして声を失った。
(――――っ……あの子……生きていた……)
そこにはラベンダー色の髪のアリッサが子どもの代わりにライアンの前にいた。ライアンはアリッサを引き寄せると、またキスをした。
(そういうこと……)
「これは……どういうことでしょう」
口角を引き上げたセシリアに、さすがのジョセフも驚いた声を出した。
「仕組みはわからないけど、あの落ちこぼれが生きていたということは……ブルーベル師長が喪に服しているというのも怪しいわね。とにかく、あの子にはあたしの計画を知られているからなんとかしなくっちゃ」
「今すぐ殺しますか?」
マントからナイフを取り出そうとしたジョセフをセシリアが手で制する。
「まあ、待ちなさい。あたしに良い考えがあるわ。あたしたちが直接手を下さなくとも、あの子を葬れる考えがね。上手くいけば、アスター公爵も始末できるかも」
セシリアは薄い笑みを浮かべると、ジョセフを手招きする。ジョセフはセシリアに腰を折り、耳を預けた。
セシリアの命令を聞いたジョセフが「仰せのままに」と静かに答える。セシリアは唇の端を持ち上げ、ベールの下で不気味に笑った。
♢ ♢ ♢
「……戻ったのが馬車の中で良かった」
デートを楽しんだわたしたちは、馬車に揺られて騎士団へ帰るところだ。
馬車に乗り込んでから少しして、わたしの身体は八歳に戻ってしまった。お兄様に魔力を供給してもらったときと違って、戻る感覚がせずに戸惑ってしまった。確か前の二回とも、胸が苦しくなったはず。
うーんと頭を悩ませていると、当然のように横に座っていたライアン様がわたしの髪に触れる。
「今日は俺に付き合ってくれてありがとう」
ライアン様が触れた先には、彼からもらった髪飾りが輝いている。
金色の留め具に、シルバーで象られたすずらんのように小さな花が連なっている。店主さんいわく、これはブルーベリーの花なのだとか。
わたしにぴったりだとライアン様が選んでくれた。
「わたしも、ありがとうございました」
「早く元の姿に戻れるといいな」
お礼を告げれば、ライアン様が目を細めて髪を撫でてくれる。
「それよりも、セシリア様のことを解決しないと」
わたしが拳を振り上げれば、ライアン様が反対の手で拳を包んでくれた。
「俺にとってはそんなことじゃないんだがな」
「あ、ありがとう……」
ライアン様の甘い顔に耐えられなくなったわたしは、視線を泳がせる。するとライアン様はわたしを持ち上げて、膝の上に乗せた。
「こ、子ども扱いしないでください」
「この姿とももうすぐお別れだろう? 膝に乗せられなくなる前に、な? それともアリッサに戻っても膝の上に乗ってくれるか?」
「今だけですよ!!」
またライアン様のペースに乗せられてしまった。
本当にずるい。
八歳のわたしにも変わらず向けてくれるその瞳が、愛されているのだと嫌でも思い知らされてしまう。
ゴトゴトと揺れる馬車の音と、わたしの心音が重なる。この心地よさに、わたしは明るい未来を思い描いていた。
お兄様とライアン様がいればきっと大丈夫。そう疑わずに。




