悪虐聖女の癇癪①
「ああ、忌々しい! 呪いで死にもしないし、毒も飲んでいないみたいじゃない!」
この国で唯一の聖女、セシリア・オーキッドは苛立っていた。
紅茶が入ったカップをソーサーにガチャリと乱暴に戻すと、後ろに控えていた護衛を睨みつける。
どうなっているのかというセシリアの無言の圧力に、護衛であるジョセフ・ヘーゼルが口を開く。
「アスター騎士団長は魔物討伐の後必ず、姿を消していると聞いております。きっと魔気に呪いが反応して苦しんでいるのでしょう。セシリア様が贈られた毒に手をつけるのも時間の問題かと」
ジョセフの淡々とした返答に、セシリアはイライラを治めることなく続けた。
「で? レオニス殿下の容体はどうなの?」
「療養中なのは確かですが、近衛も限られた者しか近づけず、情報が入ってきません」
「ああ! もう、なんなのよ!? あたしを婚約者にするって陛下はおっしゃったんでしょう!?」
セシリアは拳を振り上げ、今度はテーブルを叩いてその怒りを表わした。
「せっかくお気に入りのサロンでお茶をしているのに、まずいったらないわ」
セシリアは、城下町にあるティーサロンへとやって来ていた。
貴族しか訪れない閑静なエリアにある、今令嬢たちに最も人気のあるサロンだ。
セシリアはここの果実のタルトがお気に入りで、よく訪れていた。国で唯一の聖女であるセシリアが行きたいと言えば、最優先で席が空けられる。セシリアは常に頭からベールを被っているので、聖女の顔を知る人物は王族や神殿で位の高い人物に限られる。だから、用意される席はいつだって店の奥にある一番広い個室だ。
案内されれば、ベールをはずしてゆっくりと過ごす。給仕は護衛のジョセフにさせているから、誰かに顔を見られる心配もない。だから振る舞いに気を配る必要もなく、こうして喚いているのだ。
「いつだってあたしの思い通りになるはずなのに……誰かが邪魔をしているとしか思えないわ!」
セシリアはテーブルに置かれた桃のタルトへとフォークを忌々しそうに突き刺した。
「ブルーベル師長は? あの人にも毒を贈ったのよね?」
「ブルーベル師長は妹の死を嘆き悲しみ、ずっと喪に服していると聞きました。そのせいで魔法省は気ぜわしいようです。副師長が代理で動いているみたいですが、ブルーベル師長は執務室を訪れていないのでしょう。なので神殿からの贈り物もまだ目にしていないと思われます」
ジョセフの報告を聞きながら、セシリアは突き刺したタルトを一口サイズに割ると、口へと運んだ。
目を閉じて、タルトを味わうように咀嚼するセシリアの言葉を、ジョセフがじっと黙って待っている。
セシリアはカップを持ち上げると、紅茶を口の中へと流し込んだ。そしてようやく気持ちを落ち着かせたように、穏やかな口調で話し始めた。
「ブルーベル師長が使い物になっていないのなら、まあいいわ。今回の計画で一番危惧していたのは彼なんですもの。あの聖女のなりそこない、意外といい仕事をしたわね」
セシリアはふふんと鼻を鳴らし、二口目のタルトを口に入れた。
「これでレオニス殿下が手に入れば、この国はお父様のもの。そしてあたしの思いのままよ」
「それも時間の問題かと」
楽しそうに話すセシリアに、ジョセフが腰を折って肯定すれば、セシリアはますます上機嫌になった。
「やっぱり、レオニス殿下に乗り換えて正解だったわね」
「セシリア様の魅力を理解できない堅物黒騎士など、死が相応しいかと」
「そうよね。うふふ、あたしのために死ねるんだから幸せよね、あの男も」
セシリアは顔を綻ばせ、紅茶を飲み干す。
ライアンの美貌に目を奪われたセシリアは、当初彼を自分のものにしようと考えていた。ライアンは彼を推す貴族が送り込む令嬢に一切興味を持たず、むしろ嫌煙していた。それがセシリアの心に余計に火をつけたのだ。
あたしならアスター公爵を虜にできる――そう思っていたセシリアのプライドを、ライアンはずたずたに引き裂いた。ライアンにとってセシリアは、その他大勢の令嬢たちと同じだったのだ。国で唯一の聖女であり、オーキッド侯爵家の一人娘として甘やかされることしか知らなかったセシリアは憤慨した。すべてが思うままになってきたセシリアにとって、初めて思い通りにならない人物――それがライアンだった。
「あたしを選んでいれば、今ごろは王になれていたのにね」
セシリアはタルトの上にのっていた桃だけを突き刺すと、目の前にぶら下げて見据える。
「あたしのものにならないなら、いらないもの」
にこりと笑うと、セシリアは桃を一口で頬張った。
むしゃむしゃと桃を噛みしめるセシリアの耳に、喧騒が届く。
「……何?」
一気に不機嫌になるセシリアよりも早く、ジョセフが扉を開けて個室の外を確認する。
「……アスター騎士団長が来店しています。どうやら王太子派の貴族たちともめているようですね」
「は!?」
セシリアは眉をひそめると、席を立ってジョセフの所まで行く。
扉に身体を隠したまま店内を見れば、客の視線のすべてがある一点に集中していた。




