繋がる想い⑪
「リーサ……怒っているのか?」
噴水の縁に腰掛けるわたしへライアン様がクレープを差し出す。
わたしはそれを受け取ると、ぷいっと横を向いた。
意地悪なライアン様へのせめてもの抵抗だ。
「リーサ、頼むからこちらを見てほしい」
わたしの隣に座ったライアン様の声がしょんぼりしている。
わたしはツンツーンと意地でも顔を向けない。
「……断りもなしにキスをしてすまなかった。やはり本当の君の姿を見られるのが嬉しくて、我慢できなかった」
「何を言っているの!?」
ライアン様の甘い台詞に耐えられなくなったわたしは、思わずぐるりと彼に顔を向けてしまった。
周りの人に聞かれていないかと焦りながら目を泳がせれば、ライアン様の目元が緩む。
「ようやく顔を見せてくれた」
クレープを持った反対の手でわたしの頬に触れるライアン様はなんだか色っぽくて、わたしは「ん゛ん゛」と咳ばらいををする。
「これからは自重する」
「そうしてください! お兄様から子どものままでいろと言われているのに、キっ、キスで戻るなんて!!」
「キスしたことは怒ってないんだな」
恥ずかしくて口ごもれば、ライアン様が笑みをこぼす。
「ライアン?」
わたしはじろりとライアン様を睨んだ。
「……すまない。君が元の姿に戻るまで、もうしない」
「そうしてください!」
眉尻を下げたライアン様と目があえば、彼は嬉しそうに目を細めた。
(あっ!? これじゃあ、元の姿に戻ってからならキスして良いって言ったも同然!?)
顔に熱が溜まる。あわあわするわたしにライアン様はそれ以上グイグイくるのをやめてくれたようだ。
「食べよう」
そうしてライアン様がクレープにかじりつく。
それを見たわたしもクレープにかじりついた。
「おいしい!」
口にした瞬間、私は声に出していた。
クレープはクリームがたっぷり添えられた季節の果実クレープだ。
上品な甘さのクリームはしつこくなく、いくらでも食べられそう。そのクリームが、中に入った桃とアプリコットの甘さを引き立てていて絶妙なバランスだ。
「わたしはジャムしか作れないからなあ」
わたしの能力は果実をジャムに変えること。ジャムの甘さは調節できるけど、こんなふうにクリームと食材そのものを合わせる技はできない。
「俺にはリーサの作るクレープが唯一だ」
一人ごちるわたしに、ライアン様が真面目な顔で言った。
「あれから騎士たちもリーサの作る菓子に夢中になったな……そういえば、あの副料理長がリーサに迫りだしたのもあのときか」
クレープは、初めてわたしが騎士団で振舞ったおやつだ。そのことを思い出し、ライアン様の顔が険しくなった。わたしも思い出しておかしくなった。
「ライアン、あのときわたしを嫁にやらないって……ふふ。お兄様かお父様かと思った」
「今は?」
「へっ」
隣り合う距離を縮め、ライアン様がわたしに顔を寄せる。
「今は……どう思っているんだ?」
「わたしの想いは伝えました……よ?」
その真剣な表情に恥ずかしくなって、わたしは目を逸らした。
「君の……アリッサの言葉で聞きたい」
そう言ったライアン様に視線を戻せば、真剣な瞳には熱が宿っている。その瞳に吸い寄せられるように、わたしは言葉を口にしていた。
「好き……です。男の人として……出会ったときから」
「出会ったとき?」
思わずした告白にライアン様が食いつき、わたしはうっ、と口を噤む。
ライアン様の眼差しは期待に溢れ、わたしに話の続きを促した。観念したわたしは、たどたどしく話し出す。
「ブルーベルベーカリーで……助けてくれたとき、から……です」
言い終えると、隣のライアン様が急に立ち上がった。
「ライアン……?」
急にどうしたんだろうと彼を見上げれば、彼は真っ赤にした顔を片手で覆っていた。
「すま、すまない……」
「ライアンが聞きたいって言ったんだよ?」
わたしと同じくらい真っ赤であろう彼の顔に、思わず吹きだした。
「……まさか同じタイミングだとは思わなかったから」
「え……」
今度はわたしが期待の眼差しをライアン様に向ける。ライアン様はそれに応えようと、目を閉じて息を吐く。それからわたしの左手をとって、視線を合わせるようにその場へと跪いた。八歳のリーサのときとは違う、まるで恋人同士のようなそれに、わたしの胸がときめく。それぞれ片手にクレープを持っているのがカッコつかないが、この際それはどうでもいい。
ライアン様がわたしを見上げてゆっくりと語り出す。
「俺も……あのとき、ブルーベルベーカリーで君を見たときから惹かれていた」
「嘘……」
「嘘じゃない」
瞬くわたしの瞳をライアン様が捕らえる。
「仲間を守ろうと盾になる君を素敵な女性だと思った。伯爵令嬢だとか聖女だとかそんなものは関係ない。俺は君という女性にどうしようもなく惹かれてしまったんだ」
自然と涙がぽろぽろとこぼれた。
落ちこぼれだと言われた聖女も、気持ちわるいと言われたジャムの能力も、今は関係ない。パン屋の店主としてそこにいたアリッサ・ブルーベル自身を見てくれる人――ライアン様が目の前にいる。
「ずいぶんと遠回りをしてきた気分だ」
まだ泣き続けるわたしの涙をライアン様が手だけ持ち上げ、拭ってくれる。彼はそのまま上半身を持ち上げると、わたしへと顔を近付けた。「本当だね」と返せば、涙を拭っていた彼の手がわたしの頬に触れる。
「どうか俺と結婚してほしい。アリッサ・ブルーベル嬢」
「!? 求婚は戻ってからって……」
再びのライアン様のプロポーズに、わたしは飛び上がった。でもライアン様の手はぶれずにわたしの頬に添えられたまま、まっすぐに視線をあわせていた。
「もうすれ違うのは嫌だと思ったんだ。俺は君を手放したくない、リーサ」
その真剣な彼の気持ちに、わたしも、と思った。
「はい……はい。よろしくお願いします」
「リーサ!」
わたしの返事にライアン様が立ちあがる――それと同時に、周囲からは拍手が沸き起こった。
「おめでとー!」
「良かったな、兄ちゃん!」
気づけばわたしたちは噴水周りにいた人たちから注目を集めていた。いくら他人に興味を持たないからといっても、さすがに公開プロポーズはみんなの興味をひいていたようだ。
「!?!?」
拍手をする人たちに囲まれ、目を白黒させる。ライアン様も立ち上がり、困惑していた。すると、一人の婦人がライアン様に近寄ってきた。
「おめでとう! お祝いの記念に婚約者に贈り物はいかが? お兄さん!」
わたしたちの格好から貴族だとは思わないのだろう。その夫人は向こう側にある露店を指差してライアン様に笑いかけた。
ライアン様がわたしのほうを向き、目を合わせる。
「……受け取ってくれるか?」
「……はい」
照れくさそうに頭をかくライアン様に、わたしは笑顔でうなずいた。
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