繋がる想い⑩
「お待たせいたしました。お席がご用意できましたのでご案内いたします」
「ライアン様、帰りましょう」
店主が戻ってきたところで、わたしはライアン様の膝から飛び降りると、彼を見上げた。
「いや、疲れているだろうリーサ。休んでいこう」
「だったらこことは別のお店にしましょう」
ぴしゃりと告げたわたしに、店主が焦り顔で両手を揉む。
「あ、あの……一番いいお席をご用意しましたので」
「そういうことじゃないんです」
わたしが店主に向かってそう言えば、店内からひそひそと聞こえてくる。
「まあ……なんて我儘な子どもなの。ロリコンだからとはいえ、甘やかすから我儘になるのよ」
「高級サロンに連れてくるには早かったのでは?」
くすくすと嘲笑する声の方角を私は睨んだ。
「勝手な噂話で国の英雄を貶めるあなたたちがこの高級サロンの品格を落としているのではないですか?」
「な! なんですって!?」
一人のご婦人がキイッと声をあげる。わたしは怯まずに店内を見渡して続けた。
「ライアン・アスター公爵様は国王陛下、そして王太子殿下の信頼を得ておられます。それは、国のために命を捧げられておられるからです。そのお方を侮辱されるということは、王太子殿下も侮辱されているということでよろしいですか!?」
最後のほうはつい熱がこもって、語尾が強くなってしまった。
王太子派ならば言い返せないだろうというわたしの目論みは成功したらしい。さきほどまで適度な賑やかさをみせていた店内は、シンと静まり返っていた。
「……お騒がせいたしました。また日を改めて来店させていただきます」
「えっ!? は、はいっ!」
わたしが頭を下げると、店主は慌てた様子で返事をした。
「行きましょう」
「えっ……ああ……」
わたしは呆然としていたライアン様の手を引くと、急いでサロンを出た。
「リーサ! 待ってくれ、リーサ!」
サロンを出て、閑静な通りから賑やかな通りがある方へとわたしはずんずん歩いていった。一刻も早くこのエリアから出てしまいたかった。
「リーサ!」
やっと賑やかな通りが見えてきたところで、ライアン様がわたしの腕をとる。
「すまなかった。……嫌な思いをさせたか?」
腕を取られたわたしはライアン様を振り返り、そして脱力した。
「リーサ!?」
「こ……怖かった……」
へなへなと地面に座り込みそうになったわたしを、ライアン様が抱きとめてくれる。
「怖かった?」
不思議そうに覗き込むライアン様を見て、わたしはへにゃりと笑った。
「貴族の悪意は怖いですから……」
わたしの言葉にライアン様がハッとする。
わたしは神殿で聖女落第の烙印を押され、能力が気持ち悪いと社交界で噂されるようになってから、貴族というものが苦手だ。領地に引きこもり、優しい世界で生きてきた。
騎士団にも貴族は所属しているけど、みんな優しい。それは八歳のリーサとして能力も隠しているからかもしれない。騙しているのは申し訳なく思うけど、真実を知ったらみんなどんな顔をするだろうか。
わたしは久しぶりに悪意に晒されて、怖くなってしまったのだ。
「……それでもリーサは俺のために怒ってくれたんだな」
優しいライアン様の声が頭上に降り注ぐ。
そういえば……とわたしは顔を上げた。
八歳のときはただその悪意が怖くて、噂に晒され、好奇の目で見られるのが耐えられなくて、わたしは逃げた。
「ライアンが悪く言われるのが許せなくて……せっかく連れていってくれたのにごめんなさい」
気づけばわたしは貴族たちに言い返していた。昔のわたしからは考えられないことだ。
ただただライアン様が言われっぱなしなのが許せなかった。
「いや……。今日は運が悪かったな。たまにああいうのもいるが、ルースも俺も気にしないからな」
ライアン様がいつもあんな心無いことを言われているのかと悲しくなった。
「俺はロリコンではないのだがな」
そう言ったライアン様に身体を抱き上げられる。わたしは目を丸くしてライアン様を見た。その真面目な顔に、ささくれだった心がほどけていく。
「……周りから見ればロリコンだって言ったじゃない」
ぷくっと頬を膨らませれば、ライアン様が唇に笑みを浮かべる。
「俺のために怒ってくれてありがとう、リーサ」
「……っ!!!」
ライアン様はお礼とともにわたしの唇にキスを落とした。突然のキスにわたしは狼狽えながらも、何も考えられなくなる。そして――。
「ももも、戻ってる!?」
唇を離したライアン様に抱きかかえられていたわたしの足は地面につき、彼を見上げていた。
「だだだ、誰かに見られて!?」
「落ち着いてくれ、リーサ」
ライアン様に強く抱きしめられるも、落ち着いてなどいられない。こんな街中で元の姿に戻ってしまったのだから。
「すまない。意志がなくとも、キスで魔力供給ができてしまうみたいだ。わかっていたのにリーサが愛おしくてつい……」
「確信犯!?」
混乱するわたしは目をぐるぐるさせながらライアン様を見る。
確かに昨日、キスの後に元の姿に戻ったなと思い至る。
(たしかお兄様は身体に触れて……)
魔力供給はおでこを合わせてやるものだと思い込んでいたけど、箇所は断定していなかった。
「意志がなくてもと言っただろう? ハリソンは俺たちの魔力の相性が良いと言っていた。だから、粘膜の接触は意図せず魔力を受け流してしまうんだろうな」
「ねん、まく」
なんだかいかがわしく聞こえてしまうのは、わたしの気のせいだろうか。真っ赤になって頬を両手で覆えば、ライアン様の顔が近付く。
「嫌……だったか?」
「うっ……」
だから、ずるい。
「嫌な……わけ……ない。ただ、誰かに見られたらって」
真っ赤な顔でごもごもと伝えれば、ライアン様の口角が意地悪く上がる。
「このエリアは他人なんて気にしていない。それに、ここはまだ路地裏だから気づかれない」
確かにわたしたちは、大通りから外れた路地裏にいた。一歩先には先ほど噴水があった広場が広がっており、ライアン様の言う通り誰もわたしたちには気づいていない。
「リーサを知る者もここにはいないだろう? せっかくだからそのままデートしないか?」
ようやく落ち着いたわたしの身体を解放し、ライアン様が右手を差し出した。
(いいのかな?)
お兄様にはまだ元の姿に戻るなと言われている。躊躇するわたしの手をライアン様が掴む。
「君とデートしたい」
「~~っ!」
ライアン様のずるい顔にはいつだって翻弄されっぱなしだ。
わたしはうなずくと、ライアン様を見た。
「じゃあ、あの噴水に腰掛けてクレープを食べませんか?」
「……ああ。いいな」
実はさっき、噴水の周りでそうしているカップルたちがうらやましいな、と思っていたのだ。
笑顔で同意してくれたライアン様に、わたしも笑顔になる。
「じゃあ行きましょう……?」
路地裏を抜けようとして、わたしはライアン様に握られていた手を引かれた。
ぐんっと後ろに引っ張られる感覚がして、わたしの背中が壁につく。
正面のライアン様を見上げれば、わたしの頭に左手を差し込み、彼の唇がわたしの唇を塞いだ。
「!?」
考える間もなく降ってきたキスに、わたしは身じろぎもできずにただ目をぱちくりさせた。
あまいあまい感触に脳が痺れそうになる。
先ほどよりも長いキスに、息が絶え絶えになっていると、わたしはようやく解放された。
「途中で子どもに戻ったら困るだろう?」
「えっ!? あっ!? 魔力供給?」
真っ赤になって唇を押さえるわたしの耳に、ライアン様が囁いた。
「俺が君にキスしたかっただけだ」




