繋がる想い⑨
「わ……」
街に降り立ったわたしは、相変わらずの人の多さにめまいがした。
アリッサの姿でこの街に再び訪れたあの日が遠い日のようだ。
(子どもになっちゃって……いろいろあったなあ)
行き交う人たちを見ていれば、わたしの身体がひょいっと持ち上げられる。
「その……はぐれると危ないから。ダメ……だろうか?」
「こういうときだけ聞くの、ずるいです」
「すまない……」
わたしが拗ねたように言えば、ライアン様はしゅんとした。意地悪ばかりされていたので、やり返せたみたいで嬉しい。わたしはくすりと笑う。
「はい。お願いします」
ライアン様はわたしの言葉に反応するようにパッと顔を上げると、はにかんだ。
本当にずるい。
あんなに無表情だったライアン様が、今は感情が透けて見えるほどにおしゃべりな表情だ。
「わたし、王都は久しぶりなんです。案内してください」
「任せてくれ」
そうしてわたしはライアン様と城下町を見て回った。
八歳で魔力鑑定に来たとき、わたしは観光なんてできずに屋敷に引きこもった。そして領地へと引っ込んだ。だから、どれもが初めて見るものばかりだった。
ブルーベル領とは比較にならないくらいの広大さ。そして整備された石畳。
賑やかな屋台が立ち並ぶエリアもあれば、路面店が並ぶエリアもある。
わたしはライアン様に抱えられたまま、それらを見て回った。
「疲れただろう。お茶にしようか」
そうしてしばらく歩いたあと、ライアン様がわたしに言った。
「疲れたのはライアンでしょう? ずっとわたしを抱えていたんだから」
「俺はリーサがいてくれるだけで幸せだ」
「ねえ!」
人が行き交う道端でそんなことを言うものだから、わたしは怒った。
「誰も聞いていない。ほら」
ライアン様が周囲へと視線をやり、わたしも同じように見渡す。
確かに、わたしたちを気にする人などいないようだ。賑やかなこのエリアは、みんながそれぞれに楽しんでいる。
中央には大きな噴水があり、縁に座って屋台で購入したものを食べる人たちも見える。
屋台からは呼び込みの声が飛び交い、忙しく歩く人たちもいて、他人を気にしている暇などないようだ。
「なんかいいね」
ブルーベル領みたいな温かさとは別の、放っておかれる心地良さというのだろうか。みんなそれほど他人に関心がない。
貴族の場合、暇なのかってくらい他人の噂話に食いつくものだから。
「ああ。俺もここにはよく来る」
わたしの気持ちに共感してライアン様がうなずく。
ライアン様は公爵として社交界にも顔を出しているから、わたしの知らない苦労がまだあるのかもしれない。
(何かあったのかな?)
わたしが心配の目を向けると、ライアン様が優しく微笑む。
「しかしさすがにリーサを連れて入るなら、警備面でもちゃんとしている店がいいな」
ライアン様はそう言うと、二つ向こうの通りまでわたしを連れて歩いた。
そこは、閑静な高級店が並ぶエリアだ。
わたしは「ひえっ」と息を呑む。
ライアン様は慣れているのだろう。堂々と道を歩いていき、敷居の高そうなサロンの前で止まった。
サロンの前には衛兵が二人、店の入口を守るように立っている。
(え!? こんな格好で入っていいのかな……)
萎縮するわたしを抱えたまま、ライアン様が店の扉をくぐる。衛兵二人がライアン様の顔を見るなり頭を下げた。
ライアン様は衛兵に視線をやりうなずくと、店の中へと足を踏み入れた。
「これはアスター公爵様……! 事前におっしゃっていただければ、席を確保しましたのに……!」
入るなり受付のカウンター内から店主らしき男性がすっ飛んで来た。
店内はお茶どきのためか、満席のようだ。落ち着いた雰囲気で、女性が多いものの、男性客もいる。みんな綺麗なドレスやスーツで着飾っており、さすが高級店だ。
ますます場違いな恰好の自分に気後れしていると、ライアン様が店主に答える。
「いや……こちらこそ急に来てすまない。待たせてもらってもいいだろうか」
「そ、それはもう……! 公爵様がよろしいのでしたら……! ど、どうぞこちらのソファーへ」
店主は焦りながらも笑顔で、待合用のソファーへとわたしたちを案内した。
「……黒騎士」
店内が見渡せるそのソファーへとライアン様が座ろうとしたとき、店内から声が聞こえてきた。
気づけばわたしたちは店内客の視線を集めていた。
ライアン様がこんな子どもを連れているのが物珍しいのだろう。ジロジロとした視線が刺さる。
「リーサ、少し待つが良いだろうか? ここのケーキが美味いとルースがいつも食べているんだ」
「は、はい……」
さすがライアン様は注目されることには慣れているようだ。気にするそぶりもなく、わたしを抱えたままソファーに座った。
「ここにはルース様と?」
「ああ。魔法省からの帰りにな。あいつは甘いものが好きで俺も付き合わされるんだ」
「へえ……。あれ?」
想像ができてくすりと笑ったところで、わたしはライアン様を見上げて首を傾げた。ライアン様の言い方が気になったのだ。
「ライアンも甘いもの好きでしょう?」
ライアン様はわたしが作るお菓子に頬を緩めてくれる。だから甘いものが好きなんだと思っていた。
わたしを見て、ライアン様が柔らく微笑む。
「俺が好きなのはリーサが作ったものだ。甘いものはリーサが作ったものしか食べない」
「そっ……そう……」
ひどい殺し文句だ。
わたしは真っ赤になりながらも、喜びで胸が満たされた。
「……戦闘狂が笑ってるぞ」
店内から聞こえた会話にわたしはバッと顔を上げた。
明らかに悪意を含んだ声。わざとわたしたちに聞こえるように放たれた声量。
どこのテーブルから聞こえたのかはわからない。店内にいるほとんどの視線がまだわたしたちに向いていたから。
「手柄のために魔物を屠りまくった血の公爵が」
「冷酷な顔で部下の騎士たちにも無茶をさせているって話よ。その手柄でまだ王位簒奪でも狙っているのかしら」
「な――」
思わず身を乗り出したわたしをライアン様が制止する。彼を見上げれば、優しい顔で首を振っていた。
「気にするな。大方、王太子派の貴族たちだろう」
「でも……ライアンにはその気がないのに……」
ライアン様は慣れているのか、なんでもない顔でわたしを宥めるように頭を撫でてくれた。
(国のために命をかけて戦っているライアン様に、なんでそんなひどいことが言えるの!?)
自分たちが平穏に暮らせているのは、ライアン様たちのおかげだというのに。
憤ったわたしだが、ライアン様本人が言わせておけと言うので、深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
だけど落ち着かせたわたしの心を波立たせる言葉がまた発せられた。
「血も涙もない黒騎士が、まさかロリコンだったとはな」
「え? 親戚の子とかではないの?」
「聞いた話だと、黒騎士公爵様は騎士団で働く少女にご執心だとか」
えっ? と思った。まさか噂になっているなんて。
「あら? 騎士団は女性禁止ではなかった?」
「冷酷な公爵様は、女性に対してまともに相手をできないのだろう。だからあんな小さな子を連れ込んでいるのさ。」
「ははは、なるほど。それはそれは……とんだロリコンだ。いったい何を教えているのやら」
下世話で根拠のない噂話に、わたしの中でブチっと何かが切れる音がした。




