繋がる想い⑧
「今戻る」
ライアン様が隠れたわたしをさらに隠すように抱きしめて、ルース様へ声をかける。
「……っと。立ち入り禁止でも入れてもらえたってことは、仲直りできたんですね?」
ルース様は厨房の入口にある立ち入り禁止の看板に気づいて、それ以上は入って来なかった。姿も見えず、外からライアン様に向かって呼びかけている。
わたしはホッとして、ライアン様から離れようとした。しかし、ライアン様が強い力でわたしを留め、彼の腕の中から抜け出せない。
「ああ。仲直りできた。すぐに戻るから先に執務室へ戻ってくれ」
「わかりました。仲直りできて良かったですね。明日はお休みですし、リーサちゃんと街でデートでもしてきたらどうです?」
ルース様は、はははと笑いながらそう言うと、執務室へと戻っていった。
ルース様の足音が遠ざかり、わたしは脱力した。
「リーサ! 大丈夫か?」
わたしを抱きしめたまま、ライアン様が支えてくれる。
「はい――」
ライアン様を見上げると同時に、その距離がどんどん遠ざかっていく。
あっという間にわたしはまた八歳に戻ってしまった。
「お兄様の言う通り、まだ体内の聖力が安定していないのね」
身体を見回すわたしに、ライアン様が顎に指をかけ、ふむとうなずく。
「なるほど。ハリソンの言う魔力供給か」
「え?」
遥か頭上のライアン様の呟きを、わたしは聞き取れなかった。聞き返せばライアン様がしゃがんでわたしに目線を合わせる。
「いや。なあリーサ、ルースも言っていたが、明日デートをしてくれないか?」
「でーと……」
なんともライアン様に似つかわしくない単語だ。わたしはぴしりと固まった。
「結婚の返事はまだとしても……リーサと二人きりで過ごしたい。ダメか?」
「ダッ、メ……じゃないです……」
わたしの顔色を窺うようにライアン様がのぞきこんだ。
(うう! だから! ずるいです!!)
真っ赤になったわたしは、しどろもどろになりながらこくこくと頷いた。
「――ありがとう」
ライアン様がふっと表情を崩して、わたしに笑みを向ける。
(ひゃああああ!)
わたしの心臓は大きな音を立てて暴れ出した。
「それでは、明日な」
ライアン様はそんなわたしに追い打ちをかけるように笑みを深めると、わたしの頭を撫でたあと立ち上がり、執務室へと帰っていった。
わたしは両手で頭を抱え込み、呆然とライアン様を見送った。
♢ ♢ ♢
次の日はよく晴れ渡った、絶好のおでかけ日和だった。温暖で雨も適度に降る我が国は作物もよく育つが、今日だけは晴れて嬉しかった。
だって、今日はライアン様とのデートの日だから。
わたしはお兄様が用意してくれたドレスから、目立たないものを選んだ。八歳の姿からアリッサだと気づく人はいないだろうけど、わたしは今死んだことになっているから、目立ってはいけない。
念のため黒のローブを上から羽織る。
(デートなのに、可愛くないよね)
ドレッサーに映る自分を見て、わたしは気落ちする。すごく地味だ。
いや、そもそも八歳の姿のままでデートすることにも問題があるように思えてきた。
むむむと鏡の自分とにらめっこをしていると、隣の執務室から続くドアがノックされた。
「リーサ? 準備できたか?」
「う、うん!」
もうこの姿で行くしかない。わたしは急いで続き部屋の扉を開けた。
「ライアン……?」
執務室の続き部屋へと繋がるドアをくぐれば、ライアン様がわたしを見て立ち尽くしていた。
(デートなのに地味な格好でがっかりだよね……)
わたしはしゅんと下を向いた。
ライアン様は上下黒の装いだ。騎士服も黒のため、いつもと変わらないように見える。だけど、かっちりした騎士服と違って、シャツとスラックスというラフな姿は色っぽくさえ見える。
(さすが、整った顔の人は何を着ても決まるなあ)
ちらりとライアン様を見上げれば、わたしの目線が高くなる。
「ライアン!?」
ライアン様に抱き上げられたのだとわかると同時に、わたしは声をあげた。
「リーサ、お揃いだな。嬉しい」
「じっ……地味では!?」
甘い顔でそんなことを言うライアン様に、わたしは耐えられなくなって視線をぐるんと逸らした。
「リーサが俺の色を着てくれるなんて嬉しいに決まっているだろう」
(ライアン様の……?)
ライアン様の髪の色はシルバーで、瞳の色は金色だ。
疑問を浮かべたところで、わたしはすぐにその意味に気づいた。
ライアン様が黒騎士と呼ばれていたことに。
(ライアン様だけ黒い騎士服だし、団長の印なんだよね?)
考え込んでいると、ライアン様がわたしのフードに唇を落とした。
「ライアン!?」
「すまない、嬉しすぎて」
(どのへんが??)
よくわからないけど、ライアン様は本当に嬉しそうだ。その笑顔にきゅんとしてしまう。
「じゃあ行こうか」
「このまま行くの!?」
「騎士たちにデートだと見せしめないと」
「はい!?」
ライアン様はどこか浮かれているようにも見える。
けっきょくわたしは、ライアン様に抱えられたまま、馬車がある場所まで移動した。今日は私的な理由だから汽車は使えない。街までは馬車で行くことになっている。
馬車に辿り着くまでの間、何人もの騎士たちとすれ違った。わたしは恥ずかしくて、顔を上げられなかった。
「リーサ、怒っているのか?」
「怒ってません!」
乗り込んだ馬車の中、向かい合うライアン様にわたしはツンっと首を横に向けた。
すれ違った騎士たちには、お揃いの服装をからかわれた。そこまでなら可愛いものだと思う。だけどライアン様は何を思ったか、わたしとデートだと自慢気に宣言した。
騎士たちは「え? まじ?」と困惑の表情を浮かべた。それを嬉しそうに笑うルース様が収拾していた。
「……ライアンがロリコンの変態だと思われますよ」
とげとげしく嫌味を言えば、ライアン様はぽかんとした。
「俺はロリコンでも変態でもない」
心外だと言わんばかりにライアン様が真面目な顔で答える。
「リーサは十八歳だろう」
「そうだけど!」
そういうことじゃない。見た目は八歳なのだから、ライアン様が変な目で見られることを言っているのに。
自分だけが余計な心配をして怒っているみたいだ。
「バカみたい……」
ぽつりと呟けば、向かいにいたライアン様がわたしの隣に移動する。
「すまない……でも俺は周りの目なんてどうでもいいんだ。リーサが隣にいてくれさえすれば」
その言い方はずるい。
そんなことを言われてしまえば、わたしはもう怒れなくなってしまう。
「だから……デートを楽しもう」
気づけば馬車は城下町の入口に到着していた。
「リーサ……?」
恐る恐るわたしを窺うライアン様がなんだか可愛く思えてくる。子どもの姿をしているのはわたしなのに、まるでライアン様が子どものようだ。
わたしはふふっと笑うとライアン様に向き直った。
「はい! 楽しみましょう!」
ライアン様の言う通りだ。目立つのはダメだけど、人の目を気にしてせっかくのデートを楽しまないのは違う。
笑ったわたしにライアン様が愛おしそうに目を細める。
その表情に、わたしの心臓はきゅんっと締め付けられた。




