繋がる想い⑤
「…………」
「…………」
ライアン様の沈黙が怖い。
結界の効力で音が遮断されているから、余計に室内が静かで怖い。ドキドキしながらライアン様の横顔を見つめれば、ようやく彼が口を開く。
「……お前の妹は十八歳ではなかったか?」
拍子抜けしたわたしはずるりと体勢を崩す。
(そこ!? そこなの!?)
お兄様はふはっと笑うと、立ち上がった。
「十八歳だよ。セシリアの毒のせいで八歳に縮んでいるけどね」
お兄様は目の前に来ると、わたしの身体を抱き上げた。
「は!?」
「ちなみにお前が贈られた毒と一緒だよ。リーサは自身の聖力で毒を解毒したせいで魔力が安定しなくて子どもになっているんだ」
「待て……」
どんどん説明するお兄様にライアン様はついていけないようだ。右手を額にあてて、反対の手を差し出した。
「リーサが十八歳……?」
「まあ信じられないだろうが、事実だ。見たほうが早いか」
困惑するライアン様にお兄様は一つ息を吐くと、わたしとおでこを重ねた。瞬間、温かさを感じる。
「お兄様!? まさか――」
お兄様から離れようとしたが、おでこから光が放たれてわたしは目をつぶった。
「んっ――!?」
この感覚は――。
お兄様に抱きかかえられていたわたしの身体がみるみる元に戻っていく。気づけばアリッサの姿でお兄様に抱きしめられる形になっていた。
「店……主、どの?」
驚きで揺れるライアン様の瞳と視線が合って、わたしは思わず目を逸らしてしまった。
「お、お兄様! なんでいきなり……」
「うん。やはりこの魔力量で戻るか。まあ短時間だろうな。シリル、記録をつけておいてくれ」
「はい」
お兄様はわたしを抱きしめたままブツブツ呟くと、シリル様に指示を飛ばした。
「わたしで実験しないでよ!!」
「僕の可愛いリーサ、怒らないでくれ。あの堅物を納得させるには、実際に見せるしかなかっただろう?」
「正体を明かす必要はあったの!?」
お兄様と言い合っていると、ライアン様がゆらりと立ち上がった。
「ハリソン……、その女性はお前の大切な人……なのだろう?」
なんだかライアン様の様子がおかしい? お兄様は気にせずさらっと答えた。
「ああ。だから大切な妹だ」
「リーサが……店主、どの? 髪の色が……」
まだ混乱している様子のライアン様の呟きに、お兄様が答えた。
「ああ……リーサのときは僕の魔道具で髪の色を変えているんだ」
「お前の妹はパン屋に出資して人を雇っているのではないのか?」
「ん? リーサが自ら店主をして、パンも焼いているが? お前も食べただろう、リーサのパンを」
「普通は貴族の令嬢が領地の店で働いているとは思わない……」
ライアン様の低い声に、わたしはうっ、となった。
(そうよね……ふつうはそうなんだよね。ヘーゼル伯爵家に仕える文官も、わたしのことバカにしていたし)
「ふっ……」
急に笑い出したライアン様の声に、わたしは顔を上げた。
(ライアン様が声を出して笑った??)
ぱちりと目が合えば、ライアン様が顔を綻ばせる。ドキン、とわたしの心臓が大きく音を立てた。
「そうか……ハリソンの妹か」
ふふっと笑うライアン様は、なんだか嬉しそうだ。わたしの頭には、はてなマークが飛ぶ。
「ああ。妹だ。安心しろ。あのときはまだ伝える時期じゃなかったからな。これで僕の汚名はそそがれたな」
お兄様の言葉に腑に落ちた。
(そうか……お兄様が職場で不埒なことをしていたんじゃないとわかって安心したのね)
「店主殿……いや、リーサ。俺は君にまた助けられていたんだな」
「また?」
ライアン様がわたしに向かって手を差し出す。
「君が騎士団に初めて来たとき、俺の呪いに触れてくれただろう? あのとき……楽になったんだ。それに……アップルパイも美味かった」
あのときのわたしは自分の能力を把握していなかった。それでもライアン様を助けられていたのなら嬉しい。
「良かったです……それから、騙していてすみませんでした」
お兄様の腕から抜け出ると、わたしはライアン様に向かって頭を下げた。
「リーサ、顔を上げてくれ」
わたしの肩に触れるライアン様の手からは、もう躊躇いが見られなかった。顔を上げれば、ライアン様の優しい金色の瞳と目が合う。いまだわたしのことを「リーサ」と呼んでくれるライアン様に泣きそうになった。
「リーサ、俺は……」
優しい瞳に熱が孕んでいく。わたしは目を逸らすことができずに、ライアン様の次の言葉を待った。
「君を――」
「うっ……」
ライアン様が何か言おうとした瞬間、わたしは胸の痛みに襲われた。
(戻る――――)
二回目の感覚はすぐにわかった。みるみるうちにわたしの身体は縮むと、ライアン様の顔が遥か上に見えた。
「「リーサ、大丈夫か!?」」
ライアン様とお兄様の心配する声が重なり、二人ははたと目を合わせる。
「リーサ、体調は大丈夫か?」
「あ! 兄は僕だぞ、ライアン!」
ひょいっとわたしを持ち上げたのはライアン様だ。すぐ隣でお兄様がぷりぷりと怒っている。
「うん……大丈夫です……」
久しぶりにライアン様の腕の中に収められて、心臓がバクバクとうるさい。赤い顔を隠すように両手で覆っていると、ライアン様は隣のお兄様を睨んだ。
「一時的じゃなくて、リーサはちゃんと元に戻れるんだろうな?」
「だーかーらー、僕が兄なんだけど? ……ったく。戻るよ。今は体内の聖力が安定していないだけだ。シリル、記録は?」
ライアン様に投げやりに説明しながらも、お兄様は研究を忘れない。
「ブルーベル師長の今の魔力量ですと、もって数分ですね」
「ふむ。この前は戻るまで時間がかかったことを考えれば、親和性の高い魔力を供給すれば、今のリーサなら一時的に戻れるな。ライアンの魔力でもできるんじゃないか?」
「どうやるんだ?」
ライアン様がなぜか前のめりでお兄様に質問する。
きっとわたしのためなのだろう。やっぱり優しい。
「どこでもいいから肌を密着させて、魔力を受け渡すイメージでだな……」
お兄様もライアン様に嬉しそうに説明をしている。研究の話になると子どもみたいにはしゃぐところ、お父様にそっくりだ。本当に好きなんだなあと感心して、ふと我に返る。
(ライアン様と密着!? む、無理っ!!)
お兄様とおでこを合わせたことを思い出し、わたしの顔が真っ赤になった。
「あ、でも」と続けたお兄様の言葉に視線だけ向ける。
「リーサは命を狙われているんだ。聖力も安定していないし、しばらく戻らないほうがいいだろう」
「さっき毒を飲んだと言っていたな……まさか」
「ああ。リーサはセシリアに殺されそうになった。だから死んだことにしてお前に預けたんだ」
お兄様はライアン様にわたしが騎士団へ行くことになった経緯を説明した。
「……そうか。ならばまだこの姿でいたほうが安全だろう。騎士団にいたというのが気になるな……。そのジョセフという男が手引きしたのか……? ハリソン、リーサはまだ騎士団で預かる。いいな?」
「だからあ……」
お兄様はふーっと目を閉じて息を吐いてから、目をカッと見開いた。
「ああ。頼む」
「わかった。命をかけて守る」
「命はかけんな……」
あれ? このやり取りは前にもあったような。既視感のある光景にわたしは目を瞬いた。
「リーサは俺にとっても大切な人だ。守らせてくれ」
ライアン様はそう言うと、わたしの頭にちゅっと唇を落とした。
(えええええ!? 今、ちゅって……ちゅってした!?)
最近までのぎこちなさはなんだったのだろうと思うくらい、さっきからライアン様のスキンシップが半端ない。わたしの頭も心臓も追いつかない。
ライアン様はきっと、まだわたしが子どもである感覚が抜けないのだ。そうに決まっている。そうじゃなきゃこんなことするはずないもの。
「いいか? 僕はお前だから大切な妹を預けるんだ。子ども姿のリーサに手を出すなよ?」
お兄様が怖い顔で言い間違いをしている。
そこは「手を出させるな」だよね。
「お兄様、ライアン様を面倒ごとに巻き込んではダメよ。魔物退治もあるし……。それに、元々はライアン様をセシリア様から守るために騎士団へ潜入したでしょう? もう心配なさそうだから、他の場所に身を潜めるのがいいんじゃないかしら?」
わたしはお兄様のほうを向いて提案した。ライアン様の想い人はセシリア様じゃなかった。なら余計な心配事もなくなったし、これ以上わたしが騎士団にいたら迷惑がかかる。
そう思って言ったのに、なぜかライアン様のほうが不機嫌そうに返事をした。
「ダメだ。危ない。俺が守るから側にいろ」
「ひゃ!?」
ライアン様は抱き上げていたわたしの身体を自身の胸の中へと閉じ込める。わたしは驚きで変な声を出してしまった。
「……そういうわけだ。まだしばらく騎士団にいろ、リーサ」
お兄様はなぜか諦めたような、呆れたような表情で言った。二人にそこまで言われれば、従うしかない。わたしは首を傾げながらうなずいた。




