繋がる想い④
「せい……じょ?」
驚くわたしの隣でライアン様が口を開く。
「待て、聖女は神殿が認めるオーキッド侯爵令嬢ただ一人だ。そんなこと軽々しく口にしていいことじゃない。確かにリーサは聖女のように清らかで可愛いが……」
「なんだ、わかっているじゃないか。そうとも、リーサはその称号に相応しい可愛さを兼ね揃えている」
「二人ともおかしなことを言っているよ!?」
話が変な方向に逸れそうだったので、わたしは慌てて軌道修正をした。お兄様がこほんと咳ばらいをする。
「……神殿はオーキッド侯爵に買収されているからな。あのじじいども、僕の可愛いリーサをろくに調べもしないどころか、聖女落第の烙印を押しやがって」
「はい!?」
お兄様は忌々しそうに視線を上にやり、ブツブツとぼやいている。
「待って……わたしに聖力は無いからって……」
「リーサは聖力をジャムに変えるって説明しただろう。だから果実に触れるとジャムになる。金と権力に溺れたじじいどもではリーサの秘めたる力には気づけなかったんだろうな」
「でも、力が気持ち悪いって……」
お兄様の話にまだ半信半疑なわたしは、ぎゅっと両手を握りしめた。
ライアン様はこの気持ち悪い能力をどう思っただろうか。そんなことを考えていれば、強く握り合わせた手をライアン様が優しく解いてくれる。思わずライアン様を見上げれば、わたしの手を握ったまま微笑み、すぐにお兄様へと視線を向けた。
「ハリソン、説明しろ。リーサは聖女の鑑定を受けたのか? リーサが作るジャムが呪いと関係するんだな?」
ライアン様の変わらない優しさに、わたしは安堵で胸がいっぱいになった。
「全部説明するから、まあ焦るな」
そう言ってお兄様はわたしに視線を向ける。
(全部って……セシリア様のことも? 呪いが治ったからもう良いの?)
「もう頃合いだろう。それにあちらの動きもきな臭くなってきた。ライアンにも警戒しておいてもらわないとな」
わたしの心の内を読んだかのようにお兄様が語りかける。
ライアン様の呪いを治し、毒による暗殺計画を防いだ今、セシリア様たちの次の動きは確かに警戒しなければならないだろう。いつまでも騎士団でのほほんと過ごしているわけにはいかない。
(そうなると次は、セシリア様を犯人として捕らえないとよね)
わたしにこれ以上何ができるだろうか。ここから先はお兄様とライアン様の協力が必須な気がした。だからこそ、お兄様も全てを話すと言ったのだろう。
(でもライアン様はセシリア様のことを……)
真面目で優しいライアン様は、きっとお兄様の言うことを信じてくれるだろう。でもそれと同時にセシリア様のことも信じたいに決まっている。
わたしはライアン様が想い人と親友の間で苦悩して傷付くのではないかと心配だ。
「何を警戒する? やはり神殿に王太子派の過激な貴族でも紛れ込んでいたか?」
わたしの心配はよそにライアン様は身体を前に傾け、真剣な顔でお兄様を見た。
「どこから説明したものか……そうだな、その王太子殿下だが、呪いを受けている」
「なんだと!?」
「えっ!?」
ライアン様とわたしの驚きの声が重なる。
「仲良しだな。リーサは僕の妹なのに妬けるよ」
「お兄様?」
ふふっと笑ったお兄様を睨む。お兄様はわたしにしゅんとした顔を見せると、話を続けた。
「王太子殿下の呪いはライアンと同じものだ。そして、その呪いを治す代わりに結婚しろと持ちかけてきた家がある」
「まさか!?」
前のめりになったわたしにお兄様がうなずく。
「ああ。オーキッド侯爵家だ。呪いをかけた本人が大胆なことだ」
「待て……」
クッと苦笑いしたお兄様にライアン様が戸惑いの表情を見せる。
ついにライアン様に真実を告げるのだとわたしはごくりと喉を鳴らした。
「さっき、オーキッド侯爵が神殿を買収していると言ったな? まさかセシリア嬢は……」
「ああ、安心しろ。セシリアは本物の聖女だ。お前の部下たちが飲んでいる聖水も本物だ」
お兄様の説明にライアン様が安堵の表情を見せる。
まず第一に部下の身の安全を心配するなんて、やっぱり優しい人だ。
「ただ、悪虐聖女だったということだ。呪いをかけたのはもちろんセシリアだ。お前に贈られた毒を作ったのもな」
「王太子殿下はいつから?」
「お前が呪いを受けてすぐ後だ。ライアンは実験体にされたのだろうな。オーキッド侯爵といえば、お前が担ぎ上げられたときに最も反対していた人物。危険視されていてもおかしくない」
「……そうか」
ライアン様はお兄様の話を信じたのだろうか。そのままうつむいてしまった。
わたしはライアン様の服の袖をぎゅうっと握りしめた。
「……辛いよね……好きな人が自分の命を狙っていたなんて……でもセシリア様は本当に危険で……」
「え?」
「え?」
ぽかんとしたライアン様の顔が向けられ、わたしもぽかんとする。
「リーサ、ライアンはセシリアにせまられたことはあっても逆はないぞ?」
「え??」
会話に入り込んだお兄様に、またぽかんとする。お兄様は楽しそうに続けた。
「あれをきっかけに、他の令嬢も押し寄せるようになって騎士団は女性禁止になったんだったな?」
「ああ……。業務に支障が出るのは困るからな」
お兄様の問いかけにライアン様がうなずく。
「え? ライアンの忘れられない人って、セシリア様じゃ……?」
「俺は聖女の顔を見たことがないから、好きになりようがない。せまられた時もベールをつけていたしな」
「え?」
じゃあライアン様の想い人は他の女性??
混乱する頭で考えていると、お兄様がまた割り込む。
「なんだライアン、お前忘れられない子がいるのか?」
「……っ、いいから本題に戻れ」
にやにやするお兄様に、ライアン様は一瞬だけど辛そうな表情を見せた。それを見逃さなかったわたしはどうしたんだろうと心配になる。お兄様は気づいていないのか、口を尖らせると話を続けた。
「まあそれで、王太子殿下の呪いもリーサのジャムで治療中だ。そのうち治るだろう。ただオーキッド侯爵側に気づかれないよう、殿下には療養の名目で身を隠してもらっているがな」
「あ、あのときのジャム……」
お兄様の執務室で作ったジャムは、王太子殿下のためのものだったのだ。その事実に震えあがった。お兄様はなぜか得意げな顔だ。
「リーサの存在は王族……陛下もご存じなのか?」
「ブルーベル家の長女だからな。陛下だけはリーサの可能性を信じてくれていた。でも神殿と社交界がリーサを傷付けたからな。領地でのんびり傷を癒してもらおうということでうちの両親とも話がついた。結果、リーサは領地でのびのびと力を開花させたわけだ。おかげで領民たちは老若男女病気知らずの健康体だ」
(し、知らなかった……)
両親ともども国王陛下からの信頼が厚いのは知っている。まさかそんな約束が交わされていたなんて。
つくづくわたしは守られていたのだなと実感する。そして、わたしには本当に聖力があったのだと。
「実は騎士団にパンを差し入れたのは、リーサの能力が呪いにも効くんじゃないかと思ったからなんだ。そしてリーサは見事にお前の呪いを治してみせた! さすが僕のリーサ! その結果を経て、王太子殿下にもジャムを献上することになった。結果なんて見なくともわかっていたことなのにな、あのタヌキ陛下め」
「お兄様!? 不敬よ!?」
身内びいきとはいえ、さすがにその発言は。わたしはぴゃっと身体をすくめた。
「結界があるので大丈夫ですよ」
今までのやり取りを静観していたシリル様がそっとフォローしてくれる。さすがお兄様の側にいるだけあって落ち着いている……じゃない! お兄様からライアン様の呪いを治すために呼ばれたのは聞いていたけど、まさか王太子殿下まで呪いにかかっていたなんて。
(セシリア様はいったい何を考えているの……?)
セシリア様の底知れない恐ろしさにわたしはぞくりとした。
「……長女?」
隣で無言だったライアン様が口を開く。
「お前が呼び寄せたのは実の妹だろう?」
(あっ!!)
わたしもようやく気づく。お兄様の言い間違いだと言うしかない。
「ああ、妹だよ?」
(お兄様!?)
しれっと答えるお兄様に焦ったけど、きっと華麗にごまかしてくれるに違いない。わたしは平静を装った。
「それはわかっている。そもそも聖女の鑑定は八歳に受けるはず……領地で過ごしていた? 待て。確か、おかしな能力だと社交界で噂になっていたのはお前の……亡くなった妹だろう?」
ああああ、さすがライアン様。お兄様の話の矛盾点をつき、社交界での情報収取にもそつがない。
「……ああ。僕がリーサと愛称で呼ぶのは、アリッサの前でだけだ」
「お兄様!?」
わたしのことまで話してしまうのか。止めようと声を荒げたけど、もう遅い。ライアン様が顔をこわばらせたままお兄様を凝視している。
「アリッサ・ブルーベル。リーサは僕のただ一人の可愛い妹だ」
誇らしげな顔でそう告げるお兄様に、わたしは呼吸をするのを忘れてその場で固まってしまった。




