繋がる想い③
「お疲れ様です」
「シリル様!?」
転移先は魔法省にあるお兄様の執務室だった。シリル様がおじぎをして出迎えてくれた。
テーブルの上には三人分のお茶が用意されている。
「リーサ、寝不足か? 昨日は騎士たちが帰ってこなくて心配しただろう」
お兄様はわたしをソファーに下ろすと、隣に座って頭をぐりぐりと撫で始めた。
「……ハリソン、説明をしろ」
額に手を当てたライアン様が、溜息まじりにお兄様を見た。
「そ、そうよお兄様! いきなり連れ出してどういうつもり!?」
お兄様はふう、と息を吐くと、ティーカップを持ち上げ紅茶をすすり始めた。
「お・に・い・さ・ま?」
ソファーの上に立つと、わたしは眉を吊り上げてお兄様を睨んだ。
「……こいつがリーサに心配かけたからちょっと意地悪しただけじゃないか」
カップを机に戻すと、お兄様はわたしの頭を撫でた。もう、ごまかそうとして!
「リーサ、心配をかけてすまない。今回は俺とルースの判断で、討伐を続行することに決めたんだ。前回、大型の魔物が出没したことも気がかりだったし……やはり討伐するなら早いほうがいいからな」
「謝らないでください! お仕事なんだし、ライアンが無事ならいいの」
「……ありがとう」
頭を下げるライアン様の足元まで行き、わたしは彼を見上げた。ライアン様はしゃがんでわたしに視線を合わせると、優しく頭を撫でてくれた。その手はやっぱりぎこちなく慎重だ。
「とりあえず座れよ」
「ああ……」
ライアン様がお兄様の向かいに座り、わたしも彼の隣に座った。
「妹を取られた気分だ」
「お兄様?」
お兄様がまだふざけたことを言うので、わたしはぎろりと睨んだ。お兄様は眉尻を下げて笑うと、シリル様を見た。
「準備は整いました」
シリル様がうなずくと、お兄様はパチンと指を鳴らした。瞬間、窓から漏れ聞こえていた風のそよめきすらも聞こえないくらいの静寂に包まれた。
「……結界を張るほどの話なのか?」
「結界!?」
お兄様に尋ねるライアン様にわたしはぎょっとした。
結界はありとあらゆるものをその範囲に侵入させなくする魔法だ。音まで遮断するその魔法に驚いていると、お兄様がわたしに微笑みかける。
「この結界はシリルと魔力を合わせて作っているからね。音さえ遮断する強固なものだよ」
「シリル様と!? 身内じゃなくてもできるのね!?」
この前、お兄様はわたしに魔力を供給したと言っていた。だからその応用で魔力をお互いに練り合わせられるのだと思い至る。
「さすがリーサ。理解が早いね? シリルは僕を尊敬してくれていることもあるけど、魔力の相性がとてもいい。だからこそ副師長として側に置いているんだけどね?」
「ははは……人使いが荒いところはまったく尊敬できませんがね」
「兄がすみません……」
シリル様がお兄様を尊敬していたのは、出会ったときに語っていたから知っている。見ない間にやつれているみたいだけど、またお兄様が無茶ぶりしたのかしら……。申し訳なく思っていると、ライアン様が口を開いた。
「……話が見えないんだが?」
「ああ、すまない。魔力の相性について僕が研究していたのは知っているだろう?」
「ああ」
ライアン様に向き直ったお兄様がにっこりと笑う。
「どうやら僕の妹と君も相性が良いみたいだ」
「――は?」
ライアン様のぱちくりした目が隣のわたしに向く。わたしも初耳だ。
(お兄様……また説明を端折ったわね?)
お兄様を睨めば、くすりと笑っている。絶対わざと黙っていたに違いない。いつから気づいていたのだろうか。
むむむと顔をしかめれば、お兄様がライアン様を見て首元を指差す。
「呪い、治っただろう?」
「――え」
さらっとすごいことを言った。がばっとライアン様を見上げれば、彼も驚いた表情をしている。
確かに魔物と対峙したはずなのに、ライアン様が苦しんでいるそぶりはない。
「シリル」
「……どうぞ」
お兄様の合図でシリル様がライアン様に手鏡を渡す。
「……まさか?」
信じられないといった表情でライアン様がお兄様を見る。お兄様は笑顔を崩さず無言だ。
ライアン様は詰襟を緩めると、首を露わにさせ、手鏡で確認した。
(呪いが……薄れてる?)
ライアン様を蝕んでいた呪いは、くっきりと彼の首に黒い紋様を刻んでいたはず。この前は赤く腫れあがってもいた。それが今は薄くなっている。
「お兄様、治ってはいないじゃない」
鏡を見続けるライアン様の代わりに、わたしがお兄様に説明を求めた。
「そのくらいならリーサが治せるだろう」
「何を言っているの?」
「リーサ、手袋をはずして紋様があるところに直接触れるんだ」
お兄様はまた説明もなしに指示をする。
「ライアンを助けたいんだろう?」
お兄様の言葉に、わたしはぷくっと頬を膨らませた。そんなのは当然だ。
わたしはお兄様を睨んだまま手袋をはずす。ソファーの上で立ち上がると、ライアン様に近付いた。
「リーサ?」
お兄様は意味のないことをやれとは言わない。それに、わたしにも心当たりはあった。ライアン様の呪いに触れたとき、雷のような衝撃が手に走ったことを思い出す。
戸惑うライアン様を安心させるように微笑むと、わたしはそっと彼の首に触れた。
「――っ……」
瞬間、手の平が熱を持ったように熱くなり、そこだけ七色の光に包まれた。ライアン様の顔が苦痛で歪むのを見ながら、わたしは呪いが治るように願った。
「――はっ……」
「ライアン!? 大丈夫?」
息を吐いてライアン様が背もたれに倒れ込む。
肩で息をするライアン様は、首に手をかけていた。
やがて目を見開き、その手をどける。
「ライアン……! 呪いが!」
「治っている……?」
口に手を当てて歓喜するわたしの前では、ライアン様が鏡に釘付けになっている。
ライアン様の首から呪いの紋様は綺麗さっぱりとなくなり、たくましい筋だけがくっきりと見えている。その色っぽさにわたしの顔は赤くなり、思わず目を逸らした。
「ハリソン……リーサは」
ライアン様は躊躇いがちに言葉を詰まらせると、お兄様をまっすぐに見た。
「リーサは何者なんだ?」
ライアン様の視線を受けたお兄様が不敵に笑う。
「……リーサは僕の可愛い妹にして、この国の宝である聖女だよ」
お兄様の発言にライアン様だけじゃなく、わたしまでも言葉を失った。




