疑惑と励ましのピーチパイ⑧
わたしはお茶を淹れるためにライアン様の膝から下りてお茶の準備をした。
「じゃあいただこうか」
テーブルに二人分のカップと紅茶を淹れたティーポットを並べると、ライアン様がわたしに手を伸ばす。そしてあっという間に抱きかかえられてしまった。
(けっきょく膝にわたしを乗せて食べるのね……)
赤い顔を気づかれないよう、籠に顔を向けた。
ティーセットはあってもお皿がないため、ピーチパイは籠に入ったままだ。ライアン様が籠を持ち上げ、パイを取り出す。
(食べやすいサイズで作って良かった)
わたしはアップルパイのときのように、片手サイズでピーチパイを作った。これならお仕事しながらでも食べられるかと思ったからだ。
「これ……は」
パイを見たライアン様が目を大きく見開いた。どうしたんだろうと覗き込めば、金色の瞳と視線が合う。
「もしかして、あのベーカリーではパイも販売しているのか?」
「え? してないけどどうして――」
そこまで言ってハッとした。
ライアン様は、アリッサがお礼で渡したアップルパイを覚えてくれていたのだ。中身のフィリングは違うけど、形はあのときとまったく同じもの。
「し、してないけど、今後販売するために試作は重ねていたかな!!」
「……そうだったか。だからこれも同じ形なのか」
「お、同じ形とは??」
やっぱりそうだった。危ない。ここにきてパイから身バレするわけにはいかない。わたしはすっとぼけてライアン様に尋ねた。
「実は……前に話した彼女が騎士団にパンを運んでくれた日、俺はお礼にとアップルパイをもらったんだ」
「へ、へえ~」
じっと手元のピーチパイを見つめるライアン様にわたしは笑顔を作る。内心ドキドキものの、冷や汗ダラダラだ。
「あの優しい味は忘れられないな……」
そう言って目を細めたライアン様に、胸がきゅうっとなった。
わたしのアップルパイをそんな風に言ってくれて嬉しい。
(あ!? だからわたしを探していたのね? アップルパイをまた食べたくて!)
すっかり忘れていたことが頭の中で繋がる。そうかそうかと納得していると、ライアン様がサクッとパイをかじった。
「美味い……。リーサの作る菓子も温かくて満たされるな」
(笑った……)
ライアン様を元気づけたくて作ったお菓子が、ライアン様を笑顔にした。
「満たされているのはわたしのほうだよ……」
湧き上がる想いが口をついて出ていた。
「……リーサの悲しみがこの騎士団で薄れてくれているなら嬉しい」
そう言ってライアン様はわたしにピーチパイを差し出してくれた。
義姉を失っても気丈に振舞う八歳の設定を思い出し、わたしは複雑な気持ちで微笑んだ。
ライアン様は表情を真剣なものに変えると、わたしをソファーに下ろした。そして改まって身体を向ける。
「……リーサ、俺が後継者を養子から迎える話を覚えているか?」
「う、うん」
いきなりどうしたんだろう。わたしは戸惑いながらもライアン様の話に耳を傾ける。
「リーサが公爵夫人として、その子に嫁いできてくれたら嬉しい」
「え!? 何言ってるの!?」
驚くわたしにライアン様が眉尻を下げる。
「ブルーベル領にも居づらいだろう」
「わたしに同情してるの?」
「違う!」
俯いたわたしの肩をライアン様が掴む。
「俺は、リーサだから申し入れているんだ。俺は呪いが治るかもわからない。もしかしたら死ぬかもしれない。だからこそアスター家を託す跡継ぎを支えてくれる嫁を迎えたい。……俺はリーサしか信用できないんだ」
「ライアンの呪いは治るよ! いなくなるみたいに言わないで!」
泣きそうになったのを我慢して、わたしは必死に訴えた。まさかライアン様がそこまで考えていたなんて。
(お兄様は呪いが治るような口ぶりだったもの!)
「ありがとう……しかし俺は当主として、最悪の事態にも備えなければならない」
「気休めで言ってないよ!? 本当にライアンの呪いは治るよ! お兄様が言っていたもの!」
まだそんなことを言うライアン様に、わたしは声を荒げた。
ライアン様の言うことはわかる。公爵としてその判断は正しいのだろう。でも。
「治るから……最悪の事態になんてならないから……だから」
まるで子どものようにポロポロと涙をこぼせば、ライアン様は困ったように微笑んだ。
「わかった。ハリソンが言うならそうなんだろう。俺は生きてアスター家の行く末を見守るから、リーサも支えてくれないか?」
「ライアンのお嫁さんにしてくれるの?」
「え――」
ライアン様の瞳が驚きで揺れるのを見て、わたしはハッとした。
(何を言っているの!? ライアン様はリーサとして養子に嫁いでこないかって言っているのに!)
あわあわするわたしの頭にライアン様が優しく手を置く。
「リーサが成人するころには俺はおじさんだ」
「そんなの関係ない! だってわたしが好きなのはライアンだから!」
宥めようとするライアン様にムキになって、わたしは勢いで告白してしまった。ライアン様はぽかんとしたが、すぐに笑みを向けた。
「……ありがとう。俺もリーサが好きだ」
「――っ、そうじゃなくて! 本当に本当にライアンのことが男の人として好きなの!」
子どもが言う台詞じゃないってわかってる。でも、それでもわたしは言わずにはいられなかった。
わたしの本気が伝わったのか、ライアン様は少し困ったように、でも真剣にわたしに向き合ってくれた。
「そうか……すまない、リーサ。俺には忘れられない女性が……」
「わたしが忘れさせてあげる!」
本当に何を言っているのだろう。どうかしている。気づけばわたしはそんなことを口走っていた。
だって、ライアン様が自分を殺そうとしている人を想って生きていくなんて悲しすぎる。ライアン様には彼を大切にしてくれる人と幸せになってほしい。その相手がわたしだったらいいなって思ってしまったのだ。
(どうしよう……ライアン様はこういうのが嫌いで騎士団を女性禁止にしたのに……癒しのはずのリーサまでこんなことを言ったら……)
どう答えていいのかわからないのだろう。ライアン様は真剣な顔でわたしを見つめている。
でもだからって、わたしの気持ちはもう止められなかった。
「好き……好きだよ、ライアン。不器用だけど優しくて真面目なあなたが大好き……」
ライアン様はポロポロとこぼれるわたしの涙を指で拭うと、優しく頭を撫でてくれた。
「わかった。リーサが……君が大人になってもまだ俺のことを好きでいてくれたなら、結婚してくれ」
「……ほんと?」
「ああ」
顔を近付けたライアン様が優しく微笑む。
「だから泣くな」
ああ、これは子どもを宥めるのと同じ行為だ。きっとライアン様はリーサを慰めるためにそう言ったのだ。彼は真面目だから約束は守るだろう。でもそれは、リーサが本当に八歳だったらの話だ。
本当のわたしはアリッサで、これは仮の姿だ。この約束はリーサとのもの。それがわかっているからこそ余計に泣けてきた。
(早く泣き止まないとライアン様が困るわ)
心配そうにわたしを見つめるライアン様に笑顔を見せたいのに、わたしの涙はいつまでも止まらなかった。
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