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幼女になった落第聖女ですが、騎士団で女神と呼ばれています〜騎士公爵様がお探しの最愛はすぐ側に〜  作者: 海空里和@電子書籍2冊発売中!
幕間

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ライアンの恋心

 初めて見たときから俺の心は奪われていたのかもしれない。


 あの日、ブルーベル領にパンを買いに行ったのは騎士団の不満を解消するためだった。


 ハリソンから妹が運営するベーカリーの話は聞いていた。伯爵令嬢が孤児たちの運営する店に出資するなんて立派だと思ったものだ。王都でも話題らしいそのベーカリーのことを、俺はまったく知らなかった。そのため、朝早くに王都を発ったというのに、俺が到着していたときにはパンは売り切れてしまっていた。


 店に入ったとき、彼女は従業員たちをかばうように一人でヘーゼル伯爵家の文官に対応していた。

 毅然とした彼女の姿に、仲間を守ろうとする彼女の姿に、俺は目を奪われた。彼女を助けたのは騎士として当然のことだ。しかし、彼女を助けたいと気づけば身体が動いていたのもまた事実だ。


 彼女はブルーベル伯爵令嬢に雇われた店主らしい。朗らかに笑う人で、こんな不愛想な俺にもお礼を告げ、笑顔を向けてくれた。こんな女性は初めてだった。


 もう一度会いたいと思っていた彼女が騎士団に現れたときは驚いた。

 よりによって呪いで苦しんでいるときを見られるとは情けない。しかし彼女は俺の呪いを怖がるでも、気味悪がるでもなく、ただ心配してくれた。

 自身の手袋が汚れることも厭わず、俺の汗を必死に拭ってくれる彼女に俺は人の温かさを感じた。


 彼女が側にいるだけで心が落ち着く。彼女が作ったアップルパイをなんの疑いもなく口にしたのは、すでに彼女に心を奪われていたからだろう。何度も暗殺されそうになり、色仕掛けを嫌っていた俺が女性に篭絡される日がくるとは。

 驚いたが、思いのほか心地よかった。


 ――俺は、女性が苦手だ。

 色仕掛けで俺を攻略しようと迫り、それに応じなければうるさく騒ぎ立てる。わずらわしい存在だ。


 昔、俺を持ち上げてレオニス王太子殿下を廃嫡させようとする一派があった。娘を送り込んでくる家まであった。俺は騎士団に入団することでその意志はないと示した。


 国王陛下も王太子殿下も俺の忠誠を信じてくれている。そのことに報いるため、国のために魔物を倒し続けた。その功績から騎士団長になると、また女性がうるさく寄ってくるようになったのだ。


 ある日騎士団でもめごとに発展したため、女性の立ち入りを禁止にした。


 騎士団の邪魔になると思い排除したが、働き手にまで影響が出てしまったようだ。人手不足に陥ったのは申し訳なかった。


 聖女だけは許可したらどうかとルースから言われたが、騎士たちは聖女の顔を知らない。俺もだ。

 聖女はベールで顔を隠し、限られた人間しかその顔を知らない。聖水は神殿を通して騎士団に送られてくるし、本人が来ることはない。だからこそ例外は認めず、聖女といえど女性は立ち入り禁止だった。


 それを覆したのはハリソンの義妹――リーサだ。

 いきなり預かれと言われたときは驚いたが、理由を聞けば断れなかった。


 あんなにも自慢していたハリソンの妹が亡くなったのだ。いつも明るくてよくしゃべるハリソンだが、変わらずあろうとする姿に胸が痛んだ。


 ハリソンは言動が軽いが実力があり、信用できる男だ。騎士団は何度も彼に世話になっている。

 その義妹であるリーサも八歳にしては大人びて、しっかりした子だった。ハリソンが実妹同様可愛がる妹だ。預かったからにはしっかり守らなければと思った。


 しかしリーサは守られるだけの子どもではなかった。騎士団の厨房の手伝いをするようになり、気づけば騎士たちの胃袋を掴んでいた。かくいう俺も、リーサの作るパンや菓子が楽しみになっていた。


 リーサは不思議な子どもだ。まっすぐで、思いやりがあって、子どもらしくない。付け入る隙を与えないよう表情をなくしてきた俺だが、リーサが俺に笑顔を、優しい気持ちを与えてくれた。


 リーサの作るものは、彼女の笑顔のように温かくて身体に染みる。だからこそ騎士たちも虜になっているのだろう。

 

 厨房の副料理長までがリーサにちょっかいをかけるようになったときは腹が立った。リーサに変な虫がついてはいけないと。


 俺は最初、ハリソンの代わりにリーサを守らなければと思っていたのだが、いつしかそれが自身の意志になっていた。ハリソンが妹を溺愛する気持ちがよくわかった。その妹を失ったハリソンの気持ちは推し量れない。だからこそリーサは守り抜かねばと強く思った。


 ルースが俺とリーサが婚約すればなどとおかしなことを言い出したときは憤ったが、良い案だと思った。


 俺は養子を迎えようと思っている。次期アスター公爵を支える息子の嫁はリーサしか考えられない。それに、リーサがアスター家の人間になれば、一生守ってやれる。たとえ俺が呪いで死んだとしても、公爵家の後ろ盾があれば大丈夫だろう。


 ハリソンに呪いの件を託したものの、俺は最悪の事態にも備えて動こうとしていた。


 できれば死ぬ前に、店主殿にもう一度会いたい。リーサはどこか彼女と同じような空気を持っていて、それがよけいに俺の心をかきたてていた。


 彼女とやっと再会できたのは、ハリソンの執務室へリーサを迎えに行ったときだった。


 顔は見えなかったが、あの美しいラベンダー色の髪は店主殿で間違いない。

 ソファーの上でハリソンに押し倒され、抱きしめられる彼女は、親友の大切な女性だった。

 

 ハリソンが騎士団へのパンの配達を頼むくらいだ。信頼しているのだろうとは思っていた。まさか親しい間柄だったとは。亡き妹が援助していた店の店主――繋がりを考えれば納得がいく。


 領地に帰ったはずの彼女が王都にいるということは、ハリソンが戻って来るとき一緒に連れてきたのだろう。二人はもう婚約をしているのだろうか?


 考えれば考えるほどに気分が沈んでいく。呪いのときとは違う苦しみが俺を襲った。


「それは失恋です、団長」


 ルースに言われ、俺は初めて彼女に恋をしていたのだと気づいた。

 初めて味わう胸の痛みにどうしていいかわからず、仕事に没頭した。


 心配してくれるリーサに心が救われ、俺は考えていたことを彼女に打ち明けた。しかしリーサの反応は俺が予想もしていなかったことだった。


(リーサが俺を……好き?)


 兄に寄せるような気持ちかと思えば、リーサは俺を男として好きだときっぱり告げた。


 正直混乱したが、不思議と他の女性たちのような嫌悪感は抱かなかった。むしろ光栄だ。こんな素敵な子に好きだと言ってもらえたのだから。


 でも勘違いしてはいけない。リーサはまだ八歳だ。これからもっと素敵な大人の女性に成長していくだろう。それこそ多くの人と出会い、年相応の男と恋もするだろう。


 ずきりとまた胸が痛む。


(これが娘を嫁にやりたくないという気持ちか)


 俺はずるい。リーサが俺に興味をなくすと知っていながらも結婚の約束をして、彼女を縛り付けた。

 たとえ彼女が他の男を好きになったとしても、約束があれば養子の嫁として迎え、リーサを側で守れる。


 リーサは俺の呪いが治ると言った。それならば、俺は生きて彼女を見守り続けたいと願う。リーサのために生きたい。こんな前向きな気持ちになれて、俺はリーサに感謝していた。


 彼女の涙の理由とピーチパイの味に気づかない俺は、愚かだった。このあと知ることになる真実に、どれだけ感謝することか――。

 今は知る由もない。

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