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幼女になった落第聖女ですが、騎士団で女神と呼ばれています〜騎士公爵様がお探しの最愛はすぐ側に〜  作者: 海空里和@電子書籍2冊発売中!
第四章 疑惑と励ましのピーチパイ

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疑惑と励ましのピーチパイ⑥

「「「ごちそうさまでしたー!」」」


 食堂に夕食を終えた騎士たちの声が響き渡る。みんなはすっかり元気だけど、ライアン様は食堂に現れなかった。


(お仕事……終わらなかったのかしら)


 朝食と夕食を必ず一緒に食べる約束が途絶えてしまった。仕方ないとはいえ、寂しい。


「リーサちゃん、後で団長の様子を見に行ってあげてくれる?」


 しょんぼりしていると、同じテーブルで夕食をとっていたルース様がわたしを見た。


「え? でも……」


 夕食に間に合わないくらい忙しいなら、わたしが行けば邪魔になるんじゃないだろうか。おやつの差し入れもかえって迷惑だったかもしれない。

 沈むわたしにルース様がにっこり笑う。


「頼むよ。団長はすぐに無理をするから……リーサちゃんが行けば休まざるをえないだろう?」

「そういうことなら……片付けの後に覗いてみますね」


 ルース様のお願いに頷けば、彼も頷いて言葉を続けた。


「団長は常に気を張っているからね。リーサちゃんの前でならそれがほどけるみたいだから」

「え……」

「あれ、気づいてなかった?」


 パチパチと目を瞬けば、ルース様は笑みを深める。


「だからこそ、リーサちゃんが団長の側にずっといればいいなと思っているよ。それこそ婚約すればいいのにと思うほどに」

「侯爵子息で副団長でもあるルース様が、こんな子どもにそんなことを言ってもいいのですか?」


 いつものあれは冗談ではなく本気だったのかと絶句する。ルース様は笑顔を崩さずに続けた。


「貴族で十五歳差の結婚なんてよくあるでしょ? それに団長は優良物件だと思うんだ。公爵家に縁があるなら身分の問題もないでしょ? ねえ、リーサちゃん」

「わ、わかりません! わたし子どもだから……」


 思わず子どもであることに逃げてしまった。

 本当のわたしは伯爵家の娘で、聖女として落ちこぼれ認定されて……気持ち悪い能力の持ち主だと社交界で噂されている。

 ――何もかもがライアン様とは釣り合わない。


「それに、ライアンには気になる女性がいるんだよ?」


 そうだ。考えないようにしていたけど、ライアン様には想い人がいる。公爵であるライアン様が望めば、きっとその人と結婚だってできるだろう。ライアン様は素敵な人だから、きっとその女性だってライアン様を好きになるに決まっている。

 ぎゅっと両手でスカートを握りしめれば、席を立ったルース様がわたしの横まで来て背をかがめる。


「ここだけの話だよ」


 声をひそめて話すルース様に、わたしは視線だけ動かして頷いた。


「どうやら団長は失恋したみたいだ」

「えっ!?」


 顔を上げたわたしにルース様が「しー」と唇に人差し指を当てた。わたしは咄嗟に口を押さえる。


(ライアン様が失恋!? なんで!?)


 あんな素敵な人が? と信じられない気持ちでルース様を見る。


「あの後もあんな調子だったから、何があったのか無理やり吐かせたんだ」


 ふふっとルース様は笑ったが、わたしは笑えない。


(だからあんなに元気がなかったの……?)


 普段感情を見せないライアン様が、そこまで好きな相手だったのだ。ライアン様の気持ちを思えば胸が痛むし、想われていた女性がうらやましいとさえ思った。


「だからリーサちゃんが励ましてあげて」


 ルース様はわたしに耳打ちすると、食堂を出ていった。


(励ますってどうやって……?)


 わたしにできることはジャムを作ることだけだ。


(でも……)


 いつだってライアン様の口元を綻ばせることができたのは、甘いものだ。けっきょく、わたしにできることはそれだけ。

 わたしはいつもの仕込みの時間で、差し入れを作ろうと考え至ったのだった。




「今日の桃が余っているから……」


 わたしは明日のおやつ用に仕込んでおいたパイ生地を冷蔵庫から取り出す。お父様製の魔道具で、食材を冷やして保存できる優れものだ。騎士団にはお父様やお兄様が開発した魔道具があふれていて、恵まれた環境だと思う。


 わたしはパイをオーブンに入れると、焼成を始める。その間に中に入れるジャムを作る。

 わたしはお菓子作りの中でもパイが特に得意で、ブルーベルベーカリーにもいつか置けたらなと思っていた。でもパイ生地はパン生地よりも扱うのが難しくて、ベーカリーで作れるのはわたしだけ。売ることを考えれば手が回らない。


(お父様もお兄様もお気に入りなのよね)


 ライアン様もアップルパイを美味しいと喜んでくれた。


(今回も喜んでくれるかな?)


 そんなことを考えながらジャムを作り終えると、テオが小声で厨房に入ってきた。


「リーサ、お疲れ様」


 入口には立ち入り禁止の看板を出してあるけど、テオには秘密がバレたので注意しても今さらだろう。テオは約束通り秘密を守ってくれている。でも……。


「どうしたの?」


 わたしが苦い顔で見上げれば、テオは苦笑しながら近付いてくる。


「リーサに触れない約束も守ってるんだから、そんなに警戒しないでよ」

「わたし、テオと結婚する気はないから……」


 あのとき言えなかった言葉を、わたしはきっぱりとテオに告げた。


「……リーサの好きな人って騎士団長だったんだね」

「えっ……」


 いきなり心の中を覗かれたようで、わたしは気が動転した。テオが眉尻を下げてわたしを見つめる。


「ごめん、さっきの副団長との会話、聞いちゃったんだ。それでリーサの表情を見てわかった」

「そう……なんだ」


 テオが気づいたのなら、ルース様にも気づかれてしまっただろうか? 子どものおままごとだと思ってくれたらいいのだけど。

 少なくともテオはそう思ってくれないようだ。真剣な瞳をこちらに向けている。


「リーサ、賭けをしないか」

「賭け……?」


 身構えたわたしにテオは目を逸らさずに続けた。


「リーサが団長に振られたらぼくと結婚するんだ」

「そんなの……! わたしが不利な賭けだわ!」

「ぼくはリーサに真剣に想いを伝えた。だからリーサも逃げずに向き合ってほしい」


 テオは何を言っているのだろう。そもそもわたしはライアン様をセシリア様から守るためにいるのだ。お兄様はジャムで魔気を払うのも目的だったみたいだけど。


「わたしはライアンに想いを伝える気はないし、テオと結婚もしない」


 そう。わたしは元の姿に戻ったら、またブルーベル領に引きこもってパンを焼いて生きていく。聖力があったとしても、それはわずかな力なんだろう。聖女の力のように一気に魔気を払えるものではない。

 だからわたしの生活はこれからも変わらない。お兄様もライアン様に毎日パンを食べさせろと言った理由は、わたしの力が弱いからだろう。


「そっか……。なら本当に正面から申し込むしかないんだな」


 テオは傷付いたように笑った。


(ごめん、テオ……でもリーサは存在しないから)


 わたしが消えた後はどうか忘れてほしい。テオならきっといい相手が見つかるから。

 微妙な空気とは裏腹に、厨房内には香ばしいバターの香りが漂いだす。パイが焼き上がってきたのだろう。


「手伝う?」

「ううん……一人でやる。テオありがとう」


 断られるのをわかっていたように、テオが複雑そうな顔で笑う。わたしも笑顔で返すしかなかった。

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