第二話「アイスの魔女、ドロップの魔女」 4
「え!? なんで付いてくるの!?」
「トンデモダッシュってどんな意味なんですか!?」
「そのままの意味だよ!」
とんでもないスピードで追ってきた私に対し、クラールさんはギョッとしつつも叫び返してくる。
「ていうか、こっち来たら危ないって!」
「でも、一人で帰るのも怖すぎますよおおおお!」
そんなこんなで大声で会話を繰り広げているうち、互いに刺激を受けて走行速度が増していたせいか、あっという間に長距離を移動した。
「悲鳴はこの辺りから聞こえたけれど……」
足を止め、クラールさんは息を切らしながら周囲を見回す。私達がたどり着いたのは、私も殆ど足を踏み入れないような、昼間でも人気が少ない寂れきった通りだった。
「クラールさん!」
私は声を上げながら通りの一角、細い路地裏に通ずる入り口の影を指さした。
「あそこに人が倒れてます!」
「何だって!?」
急いで、人影の元へと駆けつける。影の正体は、立派な白髭を生やした初老の男性だった。まだ肉体的にはそこまで老化が進んでいないのか、身体を支える杖の類は見当たらず、体格も悪くない。両目を瞑っており、力なく地面に倒れていた。
「……意識がない」
クラールさんは男を調べて呆然と呟いた後、彼の身体を起こし、路地裏の壁に上体を預けさせる。
「まさか死んじゃってたりとか」
「いや、呼吸はしているよ。でも、かなり衰弱しているみたいだ」
「そんな……」
「先ほどの叫び声を聞いて、巡回中の兵士達もこちらへ向かっている筈だ。救護が間に合うといいけど……よし、取りあえず僕が応急処置を」
「大丈夫ですか! しっかりしまくって下さい!」
「わっ!? ミ、ミズホちゃん! そんなに頭を揺らしたら逆にマズいよ!」
男性の首根っこを掴んでブンブンと振り回す私の横で、青ざめたクラールが慌てて言う。
「このままじゃ死んじゃいますよー! 初孫の顔が見れなくなりますよー!」
「だから、そんな風に揺さぶっても逆効果……」
「……ん、ここは」
「起きました!」
「嘘っ!?」
口をOの字に開いて驚愕するクラールさん。一方、気を取り戻した様子の初老の男性は、弱々しい息を吐きながら私を見た後、傍らの美青年へと視線を移してハッと目を見開く。
「王子、どうしてここに……?」
「貴方の悲鳴を耳にしたので、駆けつけたんです」
先ほどのギャグ顔から打って変わり、王族としての威厳を漂わせる面持ちを浮かべたクラールさんは、落ち着いた口調で問いかける。
「教えて下さい。一体、何があったんですか?」
「分かりません……古い友人の家で昔話に花を咲かせた帰り、自宅まで近道をしようとここを通りかかったのですが、後ろから急に力を吸い取られるような感覚がして」
「貴方を襲った相手の顔は見ましたか?」
「いえ、何分、すぐに気を失ってしまったもので……振り返る……暇も……」
「大丈夫ですか、しっかりして下さい!」
クラールさんの呼びかけも虚しく、初老の男性は再び力なく頭を垂れた。
「寝ちゃダメです! 寝たら凍死しちゃいますよおおおおお!」
「ぐはああああああ!」
「ミズホちゃん、だから揺さぶっちゃダメだって! 後、この気温で凍死なんてしないから!」
男性の絶叫と私の必死な呼びかけを耳にしてやってきた兵士達に事情を説明して通り魔の被害者を引き渡した後。私達は城に精も根も尽き果てた状態で帰還した。
「やっと城に帰ってきたね」
「何年ぶりなんでしょう」
かなりの疲労感を覚えつつ、城の玄関ホールに足を踏み入れる。ちなみに、門番一号と門番二号は、隣に王子の存在があったせいか、すんなりと私を見逃してくれた。常日頃から、こんな風にあっさり通してくれればいいのに。
「時間にすれば半日くらいだったけど、もっと長く感じられたよ」
「そうですよね……」
森の調査から始まり、メルエッタちゃんとの出会い、ドーサックさん達への紹介を経て、最後は連続通り魔事件に遭遇。かなりのイベントとボリュームの詰まった半日といえた。
「色々あったけれど、今日はミズホちゃんが一緒でとても助かったよ」
と、クラールさんは笑った。
「じゃあ、僕はこれから将軍達の所へ行くから」
「クラールさんはまだ働かなくちゃならないんですか!?」
「うん、これが僕の仕事だからね。さっきの件についても、報告しに行かなきゃならないし」
唖然とする私に対し、彼は平然と言う。
「けど、少しくらい休んでからでも」
「ハハ、そうしたいのは山々なんだけどね。報告が遅れて、もし大惨事にでも陥ってしまえば取り返しがつかないから」
それじゃあ、僕はもう行くね。お休み。そうそう。最近は通り魔事件で危ないから、ミズホちゃんも夜の外出は避けておいた方がいいよ。ドーサックさんと同じような事を最後に言い残して、クラールさんは去っていった。
「はい、分かりましたっ。お休みなさい」
手を振って、彼の颯爽とした背中を見送った後。私は大きな欠伸をしながら、両手を天井に伸ばして背筋をピンと伸ばす。色々と濃い一日だったせいか、城に入って安心した途端に眠気が襲ってきた。
うん。私も自分の部屋に帰ろう。
そう思って、通路の方へ足を向けかけたその時。
「……あ、ネリエちゃん!」
今し方、自分達の入ってきた大扉から、親しい少女が城の中に戻ってきたのを発見し、ミズホは彼女に手を振った。彼女は、目を困惑して瞬かせた後、微笑んで寄ってくる。いつも目にしているようなメイド服ではなく、外行き用の洒落た衣装を身に纏っているのが、何となく新鮮に思えた。
「ミズホちゃん、こんばんは」
見る者の心を和ませるような穏やかな笑みを浮かべて、黒髪の少女は夜の挨拶を発した。
「こんばんはっ」
「ミズホちゃんも、今帰ったところなの?」
「そうそうそうそう、その通り」
彼女の問いかけを肯定し、ブンブンと首を振る。ネリエちゃんはクスリと笑った。
「ネリエちゃんも何処かに行ってたの?」
「うん、今日は休日だったから」
「そっかぁ……やっぱりショッピングとか?」
「ううん、私は家族と食事に行ってたの」
「へえ、そうなんだ。ネリエちゃんの家族も都に住んでるの?」
私としては何気ない問いかけのつもりだった。しかし、彼女の方は何か心に思うことがあったらしい。
「ううん、遠いところ。だから、たまにしか会えなくて」
寂しそうに告げたネリエちゃんの表情に、一瞬だけ影が差す。しかし、すぐに元の明るさを取り戻した彼女は、ミズホちゃんはどこに行ってたの、と話題を変えた。
「私はクラールさんの調査に同行したのですよ、ふふふ」
「クラールさんって……もしかして王子のこと?」
ネリエちゃんはビックリしたように目を瞬かせる。
「うん、大正解でございます」
かくかくしかじか。肩の辺りで切りそろえられた黒髪の魅力的な少女に、私はこれまでの経緯を説明した。
「へぇ……それじゃあ、今日は大変だったんだね」
「うん、うん」
圧倒されたように呟く彼女に対し、私は目から大涙を流しながら訴える。
「食獣植物に襲われたり、危篤状態の男性を救助したり、それはそれは大変な一日だったんだよぉ」
「でも、ミズホちゃんの話で私も納得がいったよ」
「納得?」
「うん、城に帰っている途中で、よく兵士の人達を見かけたから」
ネリエちゃんの話によると、彼女が城に戻ろうと通りを歩いていると、急いで何処かへ向かう兵士達の姿をやけに見かけたらしい。
「色々な方向に向かってたから、きっと犯人を捜索していたんだと思う」
「むむー、早く解決してほしいよね。通り魔事件」
「本当にそうだよね。物騒で怖いし」
しんみりとした語調で、ネリエちゃんは言った。




