第二話「アイスの魔女、ドロップの魔女」 5
翌日。クラールさんが根回しをしてくれていたお陰か、ジョニールさんは快く私の外出を認めてくれた。とはいえ自分の職務を疎かにするわけにもいかないので、朝のうちにやらなければならない仕事をしっかりと済ませた上で、私は城を出発した。
「ドーサックさん、遊びに来ましたっ」
果物屋の店先に立って商売をしている厳つい風貌の主人に、私は片手を上げて元気よく挨拶する。
「……おぅ」
しかし、返ってきたのは彼らしからぬ、意気消沈した声だった。
「あれ、何だか元気がないですねっ」
「そうか? 別に普通だぞ」
「むむ? 自分は普通だと称している時点で、なんか怪しい」
「どういう理屈だ……」
「あっ、分かりました!」
私は両手をパチンと合わせて、
「愛しのナインシィさんをメルエッタちゃんに奪われて落ち込んでいるんですね!」
「……うっ」
ドーサックさんの痛いところを突かれたような表情から察するに、どうやら図星だったらしい。
「そんなに落ち込まなくても大丈夫ですよ。ドーサックさんには私がついていますから」
「お前が一緒にいると騒がしくて堪らんわ」
「またまた、照れちゃいまして」
二人、店の前で話し込んでいると、
「あら、ミズホちゃん。来てくれたのね」
果物屋の中から、ナインシィさんが姿を現した。
「はいっ、約束通り来ちゃいました。あの、メルエッタちゃんは」
「あの子は家の中にいるわよ。ちょっと待って、連れてくるわね」
店の奥に引っ込んだナインシィさんは、程なくして小さな魔女を伴って戻ってくる。
「こんにちは、メルエッタちゃん」
「……こんにちは」
ぎこちない調子で、彼女は挨拶を返してくる。やはり、昨日今日で生活が一変した事もあって、戸惑いも少なからずあるのだろう。
「昨日はどうだった? ちゃんと眠れた?」
「いや……」
私の質問に、緑髪の少女は言葉を濁す。横で、ナインシィさんがウフフと笑った。
「昨日の夜は、メルエッタちゃん私とずっと喋っていたから」
「夜通しの語り……何を話してたんですか?」
「フフ、それは内緒」
ナインシィさんは茶目っ気のあるウインクをして、艶やかな唇に人差し指を当てた。
「えー、教えて下さいよぅ」
「駄目よ。ダーリンにも話していないんだもの」
なるほど。ドーサックさんはそれで暗かったのかもしれない。
「メルエッタちゃん、なんだか疲れてない?」
「……大丈夫よ」
口ではそう言うものの、メルエッタちゃんの目元には隈が出来ていた。
「……ごめんなさいね、やっぱり無理させちゃったかしら」
「ううん、睡眠は十分に取れてるから」
心配そうに顔を覗き込んでくるナインシィさんに、メルエッタちゃんは小さく首を振る。
「けど、朝も食欲が無いみたいだったし……」
「元々、小食で朝はあまり食べないの。だから平気よ」
二人の会話を傍らで聞きながら、私は心中で呟く。
――メルエッタちゃんとナインシィさん、すっごく打ち解けてる……。
どういう話をすれば、たった一晩でここまで仲良くなれるのだろう。
――共通の趣味とかで馬が合ったのかな……。
不思議に思って色々と想像を巡らせていると、
「そうだ、ミズホちゃん」
「は、はいっ」
ナインシィさんに話しかけられ、私は唐突に現実へと引き戻された。
「何ですかっ?」
「これから、メルエッタちゃんに街を案内してもらえないかしら。せっかくだし、私が案内してあげようとも思ったんだけど、やっぱり同年代の子の方が適任だと思うのよ」
「勿論ですよっ」
私は即答した。
「元々、そのつもりで来たんです。午後の仕事は休みにしてもらえましたし」
「ありがとう、よろしく頼むわね」
「あ、ちょっと待って」
メルエッタが口を開いた。
「せっかくの申し出は有り難いけど……今日は私、ここの仕事を手伝いたいと思ってるのよ」
「そんな、本当に気を遣わなくていいのよ」
驚いたように、ナインシィさんが目を瞬かせる。
「私達が好きで貴女を泊めているんだから」
「でも、タダで居候っていうのも何となく居心地が悪いし。品物を運んだり、店の番くらいなら出来ると思うから」
「気にしなくていいよっ。そんなの全部ドーサックさんに任せてれば……いえ、何でもないです」
店の方からとてつもない怒気のオーラが漂ってきたのを感じ取り、私は慌てて発言を訂正した。
「とにかく、メルエッタちゃんは私達にとって可愛いお客様なんだから。ここでは何も、気兼ねすることなんてないわよ」
ナインシィさんが優しく説得したものの、
「ううん、気兼ねとかじゃなくて、私個人の問題。ただ厄介になっているだけじゃ、私の気が済まないの」
と、やはり本人は納得していない様子だった。その時。
――あっ!
私の頭に、この状況を解決する名案が閃く。
「じゃあ、働きながら街を巡ろうよ!」
「……え?」
私の言葉に、メルエッタちゃんは戸惑ったように目をパチクリとさせる。一方、
「なるほど、売り子さんをしてもらうのね」
私の言わんとしている事をすぐに理解したらしいナインシィさんは、なるほどというように両手を静かに合わせた。
「はいっ、これならメルエッタちゃんも気兼ねせずに街中観光を楽しめると思うのですよ。ふふふ」
「素晴らしい考えね。可愛い女の子二人なら、売り上げも期待出来るし……」
「そんなぁ、可愛い女の子が二人だなんて……うふふ、へへへへ」
「私としては、是非ともお願いしたいわ。メルエッタちゃん、頼めるかしら?」
「……売り子ってことは、つまり町中を回って品物を売ればいいのよね」
「ええ、れっきとした仕事よ」
暫く幼い風貌の少女は考え込んでいる様子だったが、やがて、
「……分かったわ」
と、了承の言葉と共に頷く。
「じゃあ、用意をしなくちゃね」
「あ、手伝いますっ。メルエッタちゃんは少し待ってて」
早速、私達は準備に取り掛かる。幸いにも番重のスペアはあったので、私とナインシィさんは慣れた手つきで商品を大きな容器の中に詰め込んでいった。




