第二話「アイスの魔女、ドロップの魔女」 6
数十分後。番重を抱えた私とメルエッタちゃんの姿は、爽やかに晴れ渡った大空の下、町の中心部にあった。
「ここが城下町の中央広場なんだよっ」
二人並んで道を歩きながら、私は隣の少女に説明した。
「中央広場……」
物珍しげに呟きながら、彼女は辺りを見回す。普段同様、昼間の広場は様々な人々でごった返していた。中には、如何にも魔女といった格好のメルエッタちゃんが気になるのか、物珍しげな視線を彼女に向けている人の姿も度々見受けられる。
「出店が沢山あるでしょ。ここは人通りも多いから、いろんな人達が様々な物を売ってるんだよ」
「へえ……アタシの作っている飴も、こんな場所で売られているのかしら」
数多くの通りを渡り歩きながら、人里離れた土地に住んでいる少女に街の中を案内していく。その道中、ナインシィさんの予想通り、私達の持ち運んでいる番重の中身も、順調に減っていった。
「ふいー、二日続けて歩き続けはやっぱり疲れたなぁ……」
最後の売り物を購入した若い女性の後ろ姿が街角の向こうに消え去っていくのを見届けた後、私はふぅと息を吐きながら近くのベンチに座った。
「メルエッタちゃんも座って休みなよ。疲れたでしょ?」
「……ええ」
私が隅に寄って空いたスペースに、魔女はちょこんと腰掛ける。涼しい表情をしているものの、やはり数時間にも及ぶ初めての労働はキツかったのか、彼女の首筋には幾筋もの汗が伝っていた。
「ふにゃー……こうしていると、疲れも取れていって心地いいねぇ」
つい先ほどまでは澄み渡るような蒼の広がっていた頭上の世界も、今ではすっかり夕日のもたらす橙色の輝きに染まっている。中央広場を賑わせる活気は未だ衰えを知らずにいるだろうが、中心部から些か外れに位置するこの通りは人通りも疎らで、夕方にふさわしい穏やかな静寂に包まれていた。
五歳くらいの可愛い服を着た女の子と、その母親と思しき大人の女性が、仲睦まじく手を繋いで私達の前を通り過ぎていく。
「ねぇ」
おもむろに、隣からメルエッタちゃんの声がした。
「ん、なあに?」
ベンチに背を預けてノンビリしたまま、私は応答する。
「……どうして、そんなアタシに構うの?」
「ふえ?」
唐突な質問に、思わず変な声を出してしまう。ベンチから身体を起こして視線を向けると、メルエッタちゃんは思い詰めたような表情で俯き、手元の番重をじっと見つめていた。
――どうしたんだろう、急に……。
もしかして、強引にあちこちへ連れ回したせいで、気分を損ねちゃったんじゃないだろうか。嫌な想像の数々が、次々と私の脳内に泡の如く浮かんでは、思考をギュウギュウに圧迫していく。
「……ひょっとして、迷惑だった?」
「いや、別に迷惑だとかは感じていないけれど」
良かった。別に迷惑がられたりはしてなかったんだ。胸に安堵の気持ちが広がってきて、私は心中でホッと息をつく。
「でも、アタシ達、昨日会ったばかりじゃない」
メルエッタちゃんは空である筈の容器の中身に視線を落としたまま、言葉を続けた。
「なのに……貴女の行動は親切の次元を遙かに越えているし、それがアタシには不自然に思えるの」
「……そんなに変かなぁ」
「ねぇ、どうして?」
首を傾げて呟いた私に、メルエッタちゃんは問いかけてくる。彼女の明るい紫色の瞳が、私を真っ直ぐに見据えた。
「それは……」
すぐに返事は浮かばなかった。暫く思い悩んだ後、私は口を開く。
「……多分、メルエッタちゃんのことを、他人のように思えなかったからだと思う」
「え?」
「この世界に召喚された時……私、一人ぼっちだったの」
驚いたように目を見開いた緑髪の少女に、私は自らの身の上話をぽつぽつと語った。
「この異世界に身一つで放り出された頃は、右も左も分からなくて。ただ、がむしゃらに突っ走ってた」
「昨日の話、冗談じゃなかったんだ……」
「そうして必死に生き抜こうともがいている途中、私はドーサックさんに出会ったの。ドーサックさんの誘いで、私は家に住まわせてもらえるようになった。一緒に生活する人が出来て、居場所が出来て……それで、ようやく私は今みたいに落ち着きを取り戻せた」
「今の状態で落ち着いてる方なのね……」
「メルエッタちゃん、森の中でずっと一人で過ごしてたんだよね?」
「ん、ええ」
「小屋の中でメルエッタちゃんの話を聞いたとき……私、何となく思ったの。この人は、あの時の私と一緒なのかもしれない。たった一人で、その日その日を生き抜く為に頑張っている人なのかもしれないって。だから」
その後は、上手く言葉に出来なかった。けれど、彼女の心には何とか伝わったのだろう。
「……そうだったの」
私の昔話を聞き終えたメルエッタちゃんは、ぽつりと呟いた後、口を噤む。
暫く、互いに何も話さない無言の時間が流れた後、
「ねぇ、メルエッタちゃん」
意を決して、私は口を開く。
「私と友達になろうよっ」
「……友達?」
私の発した単語を呟きながら、メルエッタちゃんは両目を瞬かせる。
「うんっ」
彼女の呟きに、私は大きく頷いた。
「私達、きっと仲良くなれると思う。年だってあまり離れてないし……どうかな?」
森の中でずっと暮らしていたメルエッタちゃんにとっては、あまり馴染みのない言葉だったのかもしれない。彼女は私の問いかけに、すぐには答えなかった。私から視線を逸らし、顔を俯かせて沈黙する。
穏やかな風が、彼女の深緑色の長髪を揺らめかせる。
「……別に、構わないわよ」
程なくして、彼女は私の方を向かないまま、素っ気ない口調で呟くように言う。
彼女の頬は、夕焼けのせいではない仄かな朱色を帯びていた。
「その、友達になっても……」
「やったっ!」
メルエッタちゃんが言葉を紡ぎ終える前に、私は番重をずらして彼女に抱きついた。ビックリした様子の彼女の小柄な肩が、ピクっと飛び上がる。
「それじゃあ、改めてよろしくね! メルエッタちゃん!」
「ちょ、ちょっと……苦しい……」
咎めるように呟くメルエッタちゃんの顔には、照れくさげな微笑みが浮かんでいた。




