第九話 気になる
第九話 気になる
翌日。
「パリー!」
朝から大きな声が響いた。
「は、はい!」
反射的に返事をする。
振り返ると、荷物を抱えた店主が手を振っていた。
「こっち運んでくれ!」
「わ、分かりました……」
パリーは慌てて駆け寄った。
いつもの仕事だ。
荷物を運び。
頼まれ事をこなし。
町を歩き回る。
毎日変わらない。
いつも通りの一日。
――のはずだった。
「重いなぁ……」
荷物を抱えながら歩く。
その時。
ふと。
ミーナの顔が浮かんだ。
「……」
パリーは首を振る。
仕事に集中する。
だが。
しばらくするとまた思い出す。
『届けてみない?』
カルマの言葉。
「無理ですよ……」
小さく呟いた。
すると。
「何がだ?」
後ろから声がした。
「ひゃっ!?」
パリーは飛び上がる。
振り返ると、シャナイが立っていた。
「驚かせないでください……」
「勝手に驚いただけだろ」
シャナイは笑う。
「で?」
「何ですか……」
「無理って」
パリーは視線を逸らした。
「別に……」
「手紙か」
即答だった。
「……」
図星だった。
「分かりやすいな」
「そんなことないです……」
「そうか?」
そう言いながら、シャナイは全く信じていなかった。
二人は並んで歩く。
しばらく沈黙。
やがてシャナイが口を開いた。
「やりたいのか?」
パリーは答えなかった。
代わりに。
「怖いんです……」
と呟く。
「だろうな」
「失敗したらどうしようって」
「だろうな」
「届けられなかったらどうしようって」
「だろうな」
シャナイは否定しない。
ただ聞いている。
「だから無理なんです……」
そこで。
シャナイは少しだけ笑った。
「じゃあ断ればいいだろ」
パリーは足を止めた。
「え?」
「無理なんだろ?」
「それは……」
「だったら悩む必要なくねぇか?」
パリーは何も言えなかった。
本当に無理なら。
本当に断るだけなら。
こんなに考える必要はない。
それは分かっている。
分かっているのに。
胸の奥が、ずっと落ち着かなかった。
「……」
「どうした?」
シャナイが覗き込む。
パリーはしばらく言葉を探した。
けれど、うまく言えなかった。
頭に浮かぶのは、ミーナの顔だった。
父親へ手紙を書いた少女の顔。
「……気になるんです」
ようやく出てきたのは、それだけだった。
シャナイは何も言わなかった。
ただ少しだけ笑う。
「そうか」
それ以上、何も聞かなかった。
昼過ぎ。
仕事を終えたパリーは孤児院の前を通った。
偶然だ。
本当に偶然。
そう自分に言い聞かせる。
だが。
足は止まった。
庭から子供たちの声が聞こえる。
いつも通りの光景だった。
走り回る子供たち。
それを見守るオーファ。
笑い声。
楽しそうな声。
そして。
その中心にはカルマがいた。
「カルマー!」
「捕まえた!」
「うわっ!」
子供たちが次々と飛びつく。
「待って待って。今のは後ろから来るの、ずるくない?」
「ずるくない!」
「みんなで捕まえればいいって言ったもん!」
「言ったの誰?」
「みんな!」
「それは強いなあ」
カルマは困ったように笑いながら、子供たちに囲まれている。
逃げようとしているのに、どこか楽しそうだった。
少し離れた場所で、オーファも柔らかく微笑んでいる。
その光景を見て。
パリーはふと思った。
そういえば。
カルマはいつからあそこにいるんだろう。
旅人だったはずだ。
この町の人間でもない。
なのに。
まるで最初からそこにいたみたいだった。
帰る場所を見つけた人の顔をしている。
その時だった。
ふと。
パリーの視線が止まる。
少し離れた木陰。
そこにミーナがいた。
子供たちの輪には入っていない。
手には一枚の紙。
見覚えがあった。
父親へ書いた手紙だ。
ミーナは手紙を開く。
少しだけ読む。
また丁寧に畳む。
そして空を見上げた。
何も言わない。
誰かに見せるわけでもない。
ただ静かに。
手紙を抱えるように持っていた。
「……」
パリーは立ち尽くした。
話しかけることもできない。
けれど。
目を離すこともできなかった。
しばらくして。
ミーナは立ち上がる。
何事もなかったように子供たちの輪へ戻っていく。
笑顔だった。
いつもの笑顔。
だが。
パリーの頭からは離れなかった。
帰り道。
パリーは空を見上げる。
答えはまだ出ない。
けれど。
ミーナが大事そうに手紙を握る姿だけは、どうしても忘れられなかった。




