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—エニシ—  作者: 酢橘
第1巻

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第八話 大事な手紙

第八話 大事な手紙


「相談、ですか……?」


パリーは不安そうな顔をしていた。


広場の騒ぎも落ち着き、人々はいつもの日常へ戻っている。


カルマは近くのベンチを指差した。


「少しだけ時間もらってもいい?」


「少しだけなら……」


パリーは恐る恐る頷いた。


そして。


当然のようにシャナイも付いてきた。


「シャナイも来るの?」


「面白そうだからな」


「正直だなあ」


シャナイは勝手にベンチへ腰掛ける。


三人はベンチに座った。


少しの沈黙。


やがてパリーが口を開く。


「あの……」


「うん?」


「相談って、何でしょう……?」


カルマは小さく笑った。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」


「でも……」


パリーは落ち着かない様子で膝の上の手を握った。


カルマは昨日のことを話し始めた。


ミーナのこと。


父親が遠くの町で働いていること。


母親を亡くしていること。


孤児院で暮らしていること。


そして。


父親へ手紙を書いたこと。


パリーは静かに聞いていた。


途中で口を挟まない。


ただ最後まで、真剣に聞いていた。


「――っていう話なんだ」


話し終えると、しばらく沈黙が続いた。


やがてパリーが口を開く。


「その子……」


「うん」


「お父さんに会いたいんですね……」


カルマは頷く。


「そうだと思う」


パリーは膝の上の手を見つめた。


「そっか……」


小さな声だった。


「だから、その手紙を届けたいんだ」


カルマが言う。


パリーは頷く。


「うん……」


そして。


カルマは少し笑った。


「そこで相談なんだけど」


パリーの肩がぴくりと震えた。


嫌な予感がしたらしい。


「パリーさん」


「はい……」


「届けてみない?」


数秒。


沈黙。


そして。


「無理です……」


即答だった。


シャナイが吹き出す。


「早ぇな」


「無理ですよぉ……」


パリーは本気で困っていた。


「まだ全部聞いてないのに」


「遠いじゃないですか……」


指を一本立てる。


「魔物もいますし……」


二本目。


「盗賊もいるかもしれませんし……」


三本目。


「道に迷うかもしれませんし……」


四本目。


「手紙を失くしたら大変ですし……」


そこで言葉が止まった。


パリーは俯く。


「だから無理です……」


カルマは少し考えた。


そして優しく聞く。


「怖い?」


パリーは少し迷ってから頷いた。


「怖いです……」


それから首を横に振る。


「でも、それだけじゃないです」


「うん」


カルマは急かさない。


パリーが言葉を探すのを待つ。


「その子は……」


パリーはぽつりと呟く。


「お父さんに届けたいんですよね……?」


「うん」


「だったら」


パリーは拳を握った。


「失くしたら駄目です」


「届けられなかったら駄目です」


「だから……」


それ以上続かなかった。


カルマは静かに頷いた。


「うん」


パリーが顔を上げる。


「そうだよね」


カルマは少し笑った。


「大事な手紙だもんね」


パリーは何も言わなかった。


ただ少しだけ表情が和らぐ。


カルマは続けた。


「だから届けたいんだ」


「……」


パリーは視線を落とした。


少しだけ困ったように。


少しだけ照れたように。


やがて小さな声で聞く。


「でも……」


「うん?」


「どうして僕なんですか……?」


カルマは笑った。


「パリーさんだからだよ」


「僕だから……?」


「財布を見つけた」


パリーが固まる。


「犬も見つけた」


さらに固まる。


「危険も分かった」


「たまたまです……」


反射だった。


シャナイが吹き出す。


「出たな」


「だって本当に……」


「財布」


「たまたまです……」


「犬」


「たまたまです……」


「荷車」


「たまたまです……」


「お前の人生、たまたま多すぎないか?」


カルマは思わず笑った。


パリーも耐え切れなかったらしい。


小さく笑う。


「本当にたまたまなんです……」


「便利なたまたまだな」


「そうでしょうか……」


「それに」


シャナイは肩を竦めた。


「仮に手紙を失くしても見つけられるだろ。得意なんだから」


「え?」


パリーはきょとんとした。


数秒考えてから首を傾げる。


「いや……」


「そもそも失くしちゃ駄目でしょう……」


カルマは吹き出した。


シャナイも笑う。


パリーは本気で不思議そうだった。


「だって、大事な手紙ですよ……?」


しばらくの沈黙。


やがてシャナイが肩を竦める。


「まあ、そうだな」


カルマも頷く。


「うん」


「僕もそう思う」


三人の間に小さな笑いが広がった。


しばらくして。


カルマは立ち上がる。


「すぐに返事じゃなくて大丈夫」


パリーも顔を上げた。


「……はい」


「少しだけ考えてみて」


「分かりました……」


その返事は。


最初の『無理です』よりも、少しだけ柔らかかった。


送れない手紙。


届けたい想い。


そして。


その想いを大事にしてくれる人。


カルマは空を見上げた。


もしかしたら。


本当に届けられるかもしれない。


そんな気がしていた。

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