第十話 決めたこと
第十話 決めたこと
翌日。
気付けば。
足は孤児院へ向かっていた。
返事をしに行くだけだ。
そう自分に言い聞かせる。
けれど。
何を言うのかは決まっていなかった。
「お」
前から声がした。
顔を上げる。
シャナイだった。
「シャナイ……」
「孤児院か?」
「まあ……」
シャナイはそれ以上聞かなかった。
ただ隣に並ぶ。
二人で歩く。
しばらく沈黙。
気まずくはなかった。
「返事は決まったのか?」
やがてシャナイが聞いた。
「まだです……」
「そうか」
それだけだった。
責めもしない。
急かしもしない。
だから余計に困る。
気付けば。
もう孤児院が見えていた。
庭から子供たちの声が聞こえる。
「カルマー!」
「待って待って!」
「囲めー!」
「それ反則じゃない?」
楽しそうな声。
パリーは少しだけ笑った。
庭ではカルマが子供たちに追い回されていた。
見つけた子供たちが駆け寄る。
「パリーさん!」
「こんにちは……」
「シャナイもいる!」
「いるな」
シャナイが適当に答える。
やがてカルマもこちらへ来た。
「おはよう」
「お、おはようございます……」
カルマは二人を見比べる。
「どうしたの?」
「別に」
シャナイが先に答えた。
「まだ悩んでるらしい」
「シャナイ!」
「事実だろ」
その通りだった。
反論できない。
カルマは少しだけ笑った。
「そっか」
それだけ。
それ以上は何も言わない。
しばらく沈黙が流れる。
子供たちの笑い声だけが聞こえる。
パリーは視線を落とした。
やっぱり無理だろうか。
失くしたら。
届けられなかったら。
そんなことばかり考えてしまう。
その時。
シャナイがぽつりと言った。
「そういや」
「?」
「向こうの街に用があったな」
パリーは顔を上げる。
「え?」
「ちょうどいい」
シャナイは肩を竦めた。
「一緒に行くか?」
「えぇ!?」
思わず声が出た。
「な、なんでですか?」
「用があるからだ」
「本当にですか……?」
「たぶん」
「たぶん!?」
カルマが吹き出した。
シャナイは平然としている。
「まあ」
そう言って。
パリーを見る。
「お前いると危ない目に遭わなくて済みそうだしな」
「そんなことないです……」
「ある」
即答だった。
パリーは困ったように視線を逸らした。
「たまたまです……」
「そのたまたまが便利なんだよ」
シャナイは笑う。
カルマも頷いた。
「僕も届けられると思うよ」
「え?」
「だって」
カルマは指を折る。
「財布を見つけた」
「犬も見つけた」
「危ない場所も分かった」
そして。
「今まで色んなもの見つけてきたでしょ?」
パリーは黙る。
カルマは続けた。
「だったら」
「人だって見つけられる気がする」
優しい声だった。
期待を押し付けるわけでもない。
ただ。
本当にそう思っている声だった。
「……」
パリーは俯く。
怖い。
失敗するかもしれない。
届けられないかもしれない。
それでも。
やらなかったら。
きっと。
ずっと気になる。
それだけは分かっていた。
パリーは大きく息を吸う。
そして。
ゆっくり顔を上げた。
「僕にできるか分かりませんけど……」
声は少し震えていた。
それでも。
今度は最後まで言えた。
「届けてみます」
一瞬。
静かになる。
そして。
カルマが笑った。
「うん」
シャナイも笑う。
「そうこなくちゃな」
カルマは孤児院の方を振り返った。
「ミーナちゃん」
その声に。
建物の陰から小さな少女が顔を出した。
どうやら近くで待っていたらしい。
少し不安そうな顔。
少し期待している顔。
両手には手紙が握られていた。
ミーナはゆっくり歩いてくる。
そして。
パリーの前で立ち止まった。
手紙を見る。
少しだけ迷う。
ぎゅっと握る。
その様子を見て。
パリーは胸が痛くなった。
きっと。
この手紙はずっと大事に持っていたものだ。
送れないと分かっていても。
捨てられなかったものだ。
ミーナは意を決したように顔を上げた。
「お願いします」
そう言って。
手紙を差し出す。
「……」
パリーは手紙を見つめた。
失くしたらどうしよう。
届けられなかったらどうしよう。
不安は消えない。
けれど。
それでも。
ゆっくりと手を伸ばした。
落とさないように。
失くさないように。
壊さないように。
宝物を扱うみたいに。
両手で受け取る。
「……預かります」
手紙は軽かった。
けれど。
思っていたより、ずっと重かった。
それは。
誰かから預かった初めての手紙だった。




