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—エニシ—  作者: 酢橘
第1巻

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第六話 送れない手紙

第六話 送れない手紙


昼下がりの陽射しが孤児院の庭を照らしていた。


「まてー!」


「つかまらないよー!」


子供たちの元気な声が響く。


カルマは洗濯物を干しながら、その様子を眺めていた。


この孤児院に来てから、もうしばらく経つ。


最初は居候のつもりだった。


けれど今では、子供たちに名前を呼ばれ、一緒に遊び、雑用を手伝うのも当たり前になっている。


「カルマー!」


元気よく手を振りながら、一人の男の子が駆けてきた。


「どうしたの?」


「見て!」


差し出されたのは、木の枝だった。


「剣!」


「おお、立派だね」


「強そう!?」


「強そうだ」


男の子は満足そうに笑い、また庭を走っていく。


カルマは思わず笑みをこぼした。


その時だった。


庭の隅に、一人だけ静かに座っている少女が目に入る。


ミーナだった。


膝の上に紙を広げ、一生懸命何かを書いている。


カルマが近付こうとすると、先に子供たちが気付いた。


「あっ、ミーナだ!」


「またお手紙書いてる!」


「お父さんに?」


ミーナは少し恥ずかしそうに紙を隠した。


カルマは首を傾げる。


「お父さん?」


すると近くにいた子供たちが答えた。


「ミーナはね、お父さんがいるんだよ」


「今は遠くで働いてるの!」


「だから会えないんだ」


カルマは少し驚いた。


孤児院にいる子供たちの事情は様々だ。


全員が親を亡くしているわけではない。


事情があって預けられている子もいる。


ミーナもその一人らしい。


「そうだったんだ」


その時、後ろから優しい声が聞こえた。


「ミーナさんのお父様は出稼ぎに出ているんです」


振り返るとオーファが立っていた。


「お母様を病気で亡くされていて」


オーファは静かに続ける。


「お父様は一人で育てておられましたが、生活のために遠くの町へ働きに出られました」


「それで、ここに」


「ええ」


オーファは頷いた。


「お父様からお預かりしています」


カルマはミーナを見る。


ミーナは紙を見つめながら言った。


「お父さん、頑張ってるから」


小さな声だった。


けれど、その言葉には迷いがなかった。


「だから私も頑張るの」


カルマは少し微笑む。


「何を書いてるの?」


ミーナは少しだけ迷ってから、紙を差し出した。


そこには幼い文字が並んでいた。


おとうさんへ


おしごとがんばってね


わたしはげんきです


オーファせんせいもやさしいです


ともだちもいっぱいいます


たどたどしい文字だった。


けれど、一文字一文字に気持ちが詰まっている。


カルマは思わず顔を綻ばせた。


「きっと喜ぶよ」


そう言うと、ミーナは嬉しそうに笑った。


だが、その笑顔はすぐに少しだけ曇る。


「でも……」


「ん?」


「とどかないの」


カルマは瞬きをした。


「届けられないの?」


ミーナは小さく頷く。


「お父さん、遠いから」


オーファが静かに説明する。


「商人の方に頼める時もありますが、確実ではありません」


「手紙一枚のために町を行き来する方はいませんから」


カルマは黙り込んだ。


手紙はある。


届けたい相手もいる。


伝えたい言葉もある。


それなのに届かない。


そんなことがあるのか。


ミーナは手紙を胸に抱いた。


「帰ってきたら読んでもらうの」


そう言って笑う。


けれど。


本当は今読んでほしいのだろう。


今伝えたいのだろう。


その気持ちは、カルマにも分かった。


その時だった。


「オーファ先生ー!」


遊んでいた子供たちが駆け寄ってくる。


「見て見て!」


「転ばなかった!」


「すごいですね」


「えへへ!」


気付けばオーファの周りには子供たちが集まっていた。


誰もが楽しそうに笑っている。


「オーファ先生は優しいからね」


「うん」


「なんでも聞いてくれるし」


「オーファ先生がいるから寂しくない」


子供たちは当たり前のようにそう言った。


オーファは少し照れたように笑っている。


カルマはその様子を眺めた。


血の繋がりはない。


それでも、この子たちにとってここは帰る場所なのだろう。


オーファは先生であり、家族であり、この場所そのものなのかもしれない。


ミーナもまた、その輪の中にいる。


けれど――。


カルマの視線は、ミーナが抱きしめる手紙へ向かった。


この場所がどれだけ温かくても。


会いたい人がいる気持ちは、なくならない。


伝えたい言葉がある気持ちも、なくならない。


だからこそ。


その想いは、届いてほしいと思った。


カルマは空を見上げた。


遠くへ続く街道。


人と人を繋ぐ道はある。


けれど、その想いを運ぶ人がいない。


だから届かない。


たった一通の手紙ですら。


「……どうにかできないかな」


その呟きは風に溶けて消えた。


けれどそれは。


後に町を変える、小さな始まりだった。

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