第五話 箱の中身
第五話 箱の中身
「さて」
シャナイは抱えていた箱を地面へ置いた。
子供たちは目を輝かせながら集まってくる。
「何が入ってるの?」
「宝物」
「ほんと!?」
「半分くらいな」
「半分ってなに!?」
子供たちが一斉に騒ぎ出す。
シャナイは楽しそうに笑った。
カルマもその様子を眺める。
「ずいぶん人気なんですね」
隣に立つオーファへ声を掛けた。
オーファは微笑む。
「ええ。シャナイは手品師ですから」
「手品師」
カルマは箱を見る。
「それでこの荷物なんですね」
「商売道具だ」
シャナイが箱を軽く叩く。
カルマは素直に感心した。
「なんだか格好いいな」
「そうだろ?」
シャナイは満足そうだった。
子供たちが待ちきれない様子で声を上げる。
「早く!」
「見せて!」
「よしよし」
シャナイは箱を開いた。
中には色とりどりの布。
木箱。
カード。
見たことのない小道具がぎっしり詰まっていた。
シャナイはカードを一枚摘まむ。
「驚く準備はできてるか?」
「できてるー!」
「よし」
その瞬間。
カードが指先で踊り始めた。
◇
「すごーい!」
「もう一回!」
「今のどうなったの!?」
子供たちの歓声は途切れない。
シャナイの指先では一枚のカードが生き物みたいに動いていた。
右手から左手へ。
左手から指の間へ。
気付けば二枚。
さらに三枚。
次の瞬間には消えている。
「どこいった!?」
子供たちが辺りを見回す。
するとシャナイがトットの耳の後ろへ手を伸ばした。
ひらり。
カードが現れる。
「おおおおお!」
歓声が上がった。
「今の見えなかった!」
「絶対どこかに隠してた!」
「見てなかったもん!」
子供たちが口々に叫ぶ。
シャナイは肩を竦めた。
「見えたら手品にならないだろ」
「それはそうだけど!」
「ずるい!」
「それは褒め言葉として受け取っておく」
子供たちは納得していなかった。
だが全員笑っている。
カルマも気付けば笑っていた。
◇
手品はしばらく続いた。
布が花になる。
コインが消える。
木箱から別の箱が出てくる。
子供たちは大興奮だった。
だがカルマが感心したのは手品だけではない。
シャナイは子供たち全員を見ていた。
輪の外にいる子には自然に近付く。
大人しい子には自分から声を掛ける。
騒ぎすぎる子がいても怒らない。
上手く流して笑わせる。
「すごいな」
思わず呟く。
「手品ですか?」
オーファが聞く。
カルマは首を振った。
「それもですけど」
庭を見る。
「ちゃんとみんなのこと見てる」
オーファは少し嬉しそうに微笑んだ。
「昔からそういう人なんです」
カルマは頷く。
子供たちが懐く理由が少し分かった気がした。
◇
やがてシャナイが手を叩いた。
「よし」
子供たちが静かになる。
シャナイは懐から一枚のカードを取り出した。
「最後に、とっておきだ」
子供たちの目が輝く。
シャナイは軽く腕を振った。
シュッ。
風を切る音。
次の瞬間。
カードが一直線に飛んだ。
十メートル以上先の木。
その幹へ深々と突き刺さる。
一瞬。
誰も声を出せなかった。
そして。
「おおおおおおおお!!」
歓声が爆発した。
「刺さった!」
「すげぇ!」
「もう一回!」
子供たちは一斉に木へ駆け出す。
カルマも思わず目を丸くした。
「すごいな……」
理屈は分からない。
けれど格好良かった。
素直にそう思った。
◇
「やりたい!」
リリアが叫ぶ。
「私も!」
「僕も!」
子供たちが集まる。
シャナイは笑った。
「そう言うと思った」
箱からカードの束を取り出す。
「貸してやるけど」
少し間を置く。
「壊すなよ?」
「はーい!」
子供たちは嬉しそうにカードを受け取った。
そして一斉に投げ始める。
カードは飛ぶ。
だがすぐ落ちる。
あっちへ曲がる。
こっちへ曲がる。
思った場所には全然飛ばない。
「難しい!」
「シャナイみたいにならない!」
「木まで届かない!」
庭に不満の声が響く。
シャナイは笑うだけだった。
◇
「カルマも!」
リリアが駆け寄ってくる。
カードを差し出した。
「俺もか?」
「やろう!」
「カルマならできるかも!」
期待の目が向く。
カルマは苦笑する。
「そんなに期待されてもなぁ」
それでも。
せっかく誘われたのだ。
カードを受け取る。
「よーし」
軽く構える。
「やるか」
子供たちの視線が集まる。
カルマはカードを投げた。
カードは回転しながら飛ぶ。
数メートル先まで真っ直ぐ飛んで、
そのまま地面へ落ちた。
「おおー!」
子供たちが歓声を上げる。
カルマも少し驚いた。
「意外と飛ぶな」
「でも刺さらない!」
リリアが言う。
「そこなんだよなぁ」
カルマは笑った。
◇
夕方。
子供たちが部屋へ戻る頃。
リリアが振り返る。
「カルマ!」
「ん?」
「刺さるようになったら見せてね!」
他の子たちも頷く。
「見たい!」
「絶対!」
カルマは思わず笑った。
「ハードル上がったなぁ」
「頑張れ!」
「応援してる!」
子供たちは楽しそうに帰っていった。
◇
庭に静けさが戻る。
カルマは一人残っていた。
手にはカード。
昼間の言葉を思い出す。
――刺さるようになったら見せてね。
「期待されると弱いんだよなぁ」
苦笑しながらカードを投げる。
飛ぶ。
だが落ちる。
もう一度。
飛ぶ。
やはり落ちる。
真っ直ぐ飛ばすだけなら難しくない。
だがシャナイみたいにはならない。
木どころか、その手前で力を失ってしまう。
「まだやってたのか」
声がした。
振り返る。
シャナイだった。
「見せてくれって言われまして」
カルマは苦笑する。
シャナイは少し笑った。
「誰に?」
「みんなに」
「ああ」
妙に納得した顔だった。
「それは頑張るしかないな」
「ですよね」
カルマはもう一度投げる。
飛ぶ。
落ちる。
飛ぶ。
落ちる。
その様子を見ていたシャナイが言った。
「飛ばすだけなら簡単なんだ」
「やっぱりか」
「難しいのはその先だ」
カルマは木を見た。
深く刺さったままのカードが残っている。
「あれは遠いな」
「だろ?」
シャナイは笑った。
カルマも笑う。
その時だった。
投げたカードが今までより少し鋭く飛ぶ。
木には届かない。
それでも。
昼間よりずっと良かった。
「お」
カルマが声を漏らす。
シャナイも見る。
「今のは良かったな」
「そうか?」
「そうかもな」
「どっちだ」
「まだ初心者だからな」
シャナイは肩を竦めた。
カルマは笑う。
夕陽が庭を赤く染めていた。
手の中のカードを見る。
もう少しだけ。
練習してみようと思った。
――第五話 終――




