第三話 また後で
第三話 また後で
朝食の後。
カルマはオーファと一緒に町へ出た。
昨日は余裕がなかった。
だから改めて見る景色は新鮮だった。
石畳の道。
木造の建物。
店先に並ぶ商品。
見たことのない果物や道具。
どれも興味を引くものばかりだ。
「昨日はそれどころじゃなかったですけど」
カルマが辺りを見回す。
「改めて見ると面白い町ですね」
「気に入ってもらえましたか?」
オーファが微笑む。
「まだ一日目ですけど、好きになれそうです」
そう答えると、
オーファは少し嬉しそうに笑った。
二人は並んで歩く。
すると町の人たちが次々と声を掛けてきた。
「あら、オーファ先生」
「こんにちは」
オーファが笑顔で頭を下げる。
「子供たちは元気かい?」
「はい。みんな元気ですよ」
「それなら良かった」
八百屋の店主は安心したように笑った。
少し進む。
今度はパン屋の女性が手を振った。
「先生、この前はありがとうね」
「いえいえ」
「うちの娘、すごく喜んでたよ」
「それは良かったです」
オーファは本当に嬉しそうだった。
町の人たちは自然に話しかけてくる。
そしてオーファも自然に応える。
その様子を見ているだけで分かる。
慕われているのだ。
「人気者なんですね」
カルマが言う。
オーファは困ったように笑った。
「皆さんが優しいだけですよ」
「それだけじゃないと思います」
カルマが答える。
「少なくとも昨日の僕は助けてもらいましたし」
オーファは少しだけ照れたように視線を逸らした。
「それは偶然ですよ」
「森で迷っていた結果の偶然ですけどね」
「うっ……」
珍しく言葉に詰まる。
カルマは思わず吹き出した。
「すみません」
「笑いましたね?」
「少しだけです」
「少しじゃない気がします」
二人は顔を見合わせて笑った。
その時だった。
前方から一人の青年が歩いてくる。
長い黒髪。
黒い外套。
どこか掴みどころのない雰囲気の男だった。
青年はオーファを見つけると手を振った。
「おーい、オーファ」
「シャナイ」
オーファも手を振り返す。
青年の視線がカルマへ向く。
「誰?」
唐突だった。
けれど悪意は感じない。
カルマは苦笑する。
「これは失礼しました」
軽く頭を下げた。
「カルマです。昨日この町に来ました」
「昨日?」
青年が少し目を丸くする。
「それでオーファと一緒にいるのか」
何か納得したように頷いた。
そして軽く手を上げる。
「シャナイ・ヴェール」
「あ、どうも」
カルマも手を上げる。
「よろしく」
「よろしく」
互いに名乗り合う。
その瞬間だった。
胸の奥が微かに熱を帯びる。
昨日と同じ感覚。
カルマは表情を変えなかった。
「しかし珍しいな」
シャナイが言う。
「何がです?」
「オーファが誰か連れて歩いてるの」
オーファは少し困ったように微笑む。
「そんな言い方はやめてください」
「事実だろ?」
「もう……」
シャナイは肩を竦めた。
そしてカルマを見る。
「子供たちにはもう会ったか?」
「朝からたくさん話しかけてもらいました」
「やっぱりな」
シャナイが頷く。
「何がです?」
「懐かれそうな顔してる」
「顔で判断されるんですか?」
「される」
即答だった。
「初めて聞きました」
「じゃあ今日覚えたな」
「覚えなくても良かった気がします」
シャナイは笑う。
カルマもつられて笑った。
「でも本当に懐かれてるだろ?」
「ありがたいことに」
「当たった」
満足そうだった。
「当てたかっただけなんだ」
「そういうこと」
「ずいぶん平和ですね」
「平和は大事だぞ」
それには同意だった。
「確かに」
シャナイは満足そうに頷いた。
不思議な男だった。
掴みどころがない。
けれど、一緒にいると気を使わなくていい。
そんな相手だった。
しばらく話した後、
シャナイは手を振った。
「じゃあな」
カルマも手を振り返す。
「また会うかもしれませんね」
社交辞令のつもりだった。
するとシャナイは首を傾げた。
「かも?」
「違うんですか?」
「違う」
シャナイは笑った。
「また後で」
そう言い残し、背を向ける。
黒い外套が人混みの中へ消えていった。
カルマはその背中を見送る。
「また後で?」
妙な言い方だった。
今日の話だろうか。
それとも別の意味だろうか。
考えても分からない。
ただ。
不思議と本当にまた会う気がした。
◇
帰り道。
カルマは誰にも見られないように紙を取り出した。
新しい一枚が増えている。
そこには綺麗な文字が刻まれていた。
【シャナイ・ヴェール】
読める。
普通に読める。
カルマはしばらく紙を見つめた。
そして思い出す。
昨夜見た紙。
【■■■■■■】
読めなかった名前。
文字化けした紙。
シャナイは読める。
つまり。
おかしかったのは紙ではない。
「オーファさんだけ……」
小さく呟く。
何かを隠しているのか。
それとも別の理由があるのか。
まだ分からない。
だが確かなことが一つだけあった。
この世界でまた一人。
新しい縁が増えたのだった。
――第三話 終――




