第十五話 帰りを待つ人たち
第十五話 帰りを待つ人たち
キャロットケーキの日が近づいていた。
町を歩けば、それが何となく分かる。
店先には人が集まり、どこか皆忙しそうだ。
けれど慌ただしいというより、楽しそうだった。
孤児院を出たカルマは、いつものように町を歩く。
まだ知らないことばかりだ。
この町のことも。
この世界のことも。
だからこうして歩くだけでも面白い。
「おう、カルマ」
声を掛けられ、顔を上げる。
八百屋のガンツだった。
店先には木箱が積まれている。
「こんにちは」
「ちょうど良かった」
ガンツは木箱を指差した。
「悪い。これ運ぶの手伝ってくれ」
「いいですよ。どこまでです?」
「ミリアのところだ」
「分かりました」
カルマは木箱を抱え上げる。
思ったより重かった。
二人で並んで歩き出す。
「今年の人参は昨年より甘いぞ」
ガンツが言った。
「そうなんですか」
「食べりゃ分かる」
ずいぶん自信があるらしい。
カルマは思わず笑った。
「それは楽しみです」
「だろ」
ガンツは満足そうに頷く。
「パリーのやつにも食わせてやりたいくらいだ」
その言葉にカルマは少しだけ目を細めた。
二人は今頃どこを歩いているのだろう。
そんなことを考えているうちに、パン屋へ着いた。
「あら、来たのかい」
ミリアが店から顔を出す。
「持ってきたぞ」
「助かるよ」
ミリアは木箱の中を覗き込み、満足そうに頷いた。
「今年も良さそうだね」
「当たり前だ」
「毎年聞いてる気がするよ」
「毎年良いからな」
ガンツは胸を張る。
ミリアは呆れたように笑った。
「手伝ってくれてありがとうね」
「いえ」
店の中から甘い香りが流れてくる。
「いい匂いですね」
「焼きたてだからね」
ミリアはそう言って笑った。
「この匂いがすると落ち着くんだよ」
そう言うと、また店の奥へ戻っていく。
忙しそうだ。
けれどどこか楽しそうでもあった。
カルマはパン屋を後にする。
少し歩くと、布屋の前でリサを見つけた。
色とりどりの布が風に揺れている。
「あら、カルマさん」
「こんにちは」
「今日は風が気持ちいいですね」
リサは空を見上げた。
「当日も晴れてくれるといいんですけど」
「キャロットケーキの日ですか?」
「ええ」
リサは頷く。
「せっかくなら良い天気の方が気持ちいいでしょう?」
「確かに」
「パリーさんたちも歩きやすいですし」
そう言って笑った。
「シャナイさんもいますし、きっと大丈夫ですよ」
「そうかもしれませんね」
カルマも笑う。
リサと別れ、さらに通りを進む。
「おや、カルマさん」
今度は雑貨屋のドーマだった。
「こんにちは」
「散歩ですか」
「そんなところです」
店先には木の皿や籠が並んでいる。
ドーマは一つずつ丁寧に拭いていた。
「今年も賑やかになりそうですね」
ドーマは穏やかに言う。
「そうですね」
「子供たちも楽しみにしているでしょうし」
皿を置きながら続ける。
「シャナイさんもたくさん食べるでしょうから」
カルマは思わず笑った。
確かにそんな姿は想像できる。
「帰ってきたら賑やかになりそうです」
「ええ」
ドーマは優しく頷いた。
孤児院へ戻る頃には、日が少し傾き始めていた。
庭では子供たちが遊んでいる。
「あ、カルマ!」
リリアが駆け寄ってくる。
「どうしたの?」
「まだかなーって」
「何が?」
「パリーお兄ちゃんたち!」
他の子供たちも集まってくる。
「もう帰ってくるかな?」
「キャロットケーキの日までには帰ってくるよね?」
口々に話している。
カルマは少し笑った。
「一緒に楽しみたいもんね」
「うん!」
「当たり前じゃん!」
子供たちは即答した。
空は夕暮れ色に染まり始めている。
カルマは空を見上げた。
パリーとシャナイは今どこにいるんだろう。
この世界のこと、まだ何も知らないな。
そんなことを思いながら、孤児院の扉を開けた。




